キリ・テ・カナワの軌跡
キリ・テ・カナワは、プラシド・ドミンゴ、ホセ・カレーラスやルチアーノ・パバロッティなどの歌手、ゲオルク・ショルティ、ジェームズ・レヴァイン、レナード・バーンスタインなどの偉大な指揮者と共演しました。バーンスタイン指揮で、ホセ・カレーラスと歌った現代版ウエスト・サイド・ストーリーのCDには圧倒的な歌声が録音されていますが、実は、バーンスタインがカレーラスに何度も痺れを切らしたシーンが録画されているリハーサルのDVDも販売されており、こちらも必見です。
キリ・テ・カナワは、1980年代の歌姫でした。チャールズ皇太子とダイアナ妃の結婚式でその美声を披露し、大英帝国の勲章も受けています。しかし、彼女は、時間とともに歌うことに疲れてしまいました。
彼女によると、オペラは疲れる芸術で、舞台で演じるには体操選手なみに体を整えなければならず、「若者のもの」だそうです。飛行機で長時間移動し、空港での長い待ち時間の後に、知らない街で舞台に立つという肉体疲労はもうこりごりということです。
ワインのように成熟する南の島の歌姫の現在
現在は、自分の好きな歌で、声帯と心を苦しめないものだけを選んで歌っています。ワインを飲むように、歌を楽しんでいるのです。そのため、他の歌手の間違いや失敗にも寛容です。声や姿かたちだけではなく、心も美しい人なのです。彼女はゆっくりと、急がず、しかし着実に歌を学びました。時間をかけて学んだことは忘れないという哲学に基づいてのことです。こんなところも、南の島の、ゆったりと流れる時間のなかで成熟したマオリ族の文化を彷彿とさせます。歌手の声は、楽器と同様、手間暇かけて磨き上げ、オイルを差し、休ませなければなりません。ポリネシアの大自然が育て上げた最も美しい楽器、それがキリ・テ・カナワなのです。