高まる「プロの目利き」の重要性

高まる「プロの目利き」の重要性

このところ「目利き」を売りとしたビジネスが広がっている。
専門家のアドバイスに従って物を購入したりサービスを利用するもの。
衣服のコーディネートから旅行の企画などジャンルは様々だ。
今なぜこうしたプロの目利きの重要性が高まってきたのか。

自分に欠けた点を補うサービス

一例が個人向けスタイリストだ。サーチエンジンで検索しただけで、ざっと数百件がリストアップされる。

私の知人男性の中にも「目利き」として個人向けスタイリストを利用している人がいる。彼は一般の会社員だが、利用した最初のきっかけは、自分のファッションセンスに自信が持てないと感じたからだ。
お店に行けば店員が服選びをしてくれるが、その店自体、自分に合っているどうか判断に迷った。

そこで彼が利用したのは、一緒に買い物に同行してくれる女性スタイリストだ。例えばスーツならスーツとジャンルは自分で決め、あとは店選びから服選びまで、女性から見て好感が持たれるよう、スタイリストに選んでもらう。

結果は好評で、その後も同じスタイリストに依頼している。すでにどんな洋服を持っているかもわかった上でコーディネートしてくれるため、安心して任せられるからだ。

すべてを一任するサービス

比較的古くから行われているのが旅行のコーディネートだ。たとえば夫婦で1週間という条件を決めたら、あとは行き先から内容まで専門の担当者が提案するというものだ。
パッケージ旅行より高額となるが、素人では思いつかないようなオプションを駆使するなど利用者の満足度は高いようだ。

本選びをサポートするサービスも現れている。
自分の興味や趣味、生活の様子などを伝え、本の専門家に本選びを丸ごと委ねてしまうサービスだ。

本来は自分が読みたい本を買えばいいが、最近の書店はどこに行っても同じ品揃えのため、かえって読書欲を削がれるという人もいる。
ネット書店のアマゾンでは、購入履歴などをもとに、システムが自動で本を推奨するが、やはり人間に考えてもらいたいという人に本選びサービスはミートしたのだろう。

理由は「情報過多による利用者の機能不全」

しかし、今なぜ、自分が楽しむものを他人に選んでもらうサービスが盛んなのか。

理由として考えられるのが「情報過多」「過剰な選択肢」により、人が自分で選ぶことに疲弊している可能性だ。

本来、人間には「割り切る能力」があり、選択肢が限られている場合はその中から選ぶことができるが、人間には同時に「欲」もあるため、さらに別の選択肢があるとわかれば検討したくなる。

かつては住む地域という「地理的制約」やテレビや雑誌あるいは本という「メディア的制約」により、選べる範囲が限られていたため、自分の選択結果に対して納得もしやすかった。

ところがネットの出現でそうした制約が消滅し、情報と選択肢は増え続け、結局一人の手に負える範囲を超えてしまった。
そこでまた「割り切ること」への回帰が始まったと考えられるが、今回は選択肢が少なかった時代に戻るのではなく、選択自体を「プロ」に任せるという形の割り切りが行われることとなった。