双葉山の逮捕歴に目をつぶった世論
双葉山を例にとる。歴史的大横綱として双葉山の名を挙げることに異論を挟む人はいないだろう。現在もなお、力士の鏡、横綱の鏡として双葉山は神格化された存在だが、そんな双葉山に逮捕歴があることは、よほどの相撲ファンを除き、あまり知られていない。
現役を引退し、年寄・時津風となった双葉山は、1947年1月、新興宗教の璽光尊(じこうそん)にのめり込み、警察を相手に大暴れをして逮捕されたことがある。
ところが、逮捕から9ヶ月後、双葉山は相撲協会理事に就任した。現在よりももっと品格が重視された時代に、逮捕された人間が一年と待たずに理事となることができた背景には、現役時代の強さと国民的人気があったことは疑う余地はない。
この件は、「強さ」が「品格上の問題」を帳消しにした象徴的な例であり、そのことに相撲協会も国民も納得していた証拠といえる。
貴乃花の品格に拍手を送った世論
一方、こんな出来事もある。1995年の九州場所千秋楽で、大関若乃花と横綱貴乃花の兄弟による優勝決定戦が実現した際、貴乃花が土俵際で自ら足を曲げて転んだように見えた件が話題となった。
当時の世論はこれを非難するどころか、むしろ、実弟で弟弟子の貴乃花が、実兄で兄弟子の若乃花に花を持たせた「美談」として論じた。
この件は、国民が実力勝負より神事における品格面を賞賛した例とみなすこともできる。
これらの件からわかるように、国民自身、相撲が神事なのかスポーツなのか、その認識はケースバイケースで揺れ動いており、横綱にとって品格と強さのどちらが重要なのか、ハッキリした答えをもっているわけではないといえるだろう。