医師が安易に抗菌薬を出したくない5つの理由
医師が抗菌薬の処方を渋る場合、背景にはいくつかの理由があります。安易な処方を求める前に、ぜひ知っておいてください
- 効果
- 耐性菌
- 副作用
- 腸内細菌
- 保険適応
今回は「安易に抗菌薬を処方したくない5つの理由」を、わかりやすく解説したいと思います。
<目次>
1. 抗菌薬の「効果」が乏しい……ウイルスに効果なし
医師が抗菌薬を出したがらない理由として、細菌感染でなければ「効果が乏しい」、言い換えると、「出しても意味がない」と考えていることが挙げられます。例えば、風邪のほとんどはウイルスによる上気道感染です。ウイルスに抗菌薬は効きません。ノロウイルスによる急性胃腸炎に関しても、抗菌薬は効果がありません。風邪に対しての二次細菌感染予防のための抗菌薬投与も無効であることがわかっています。中耳炎や気管支炎、肺炎など細菌感染を併発したときには抗菌薬は効果があります。
日本ではまだ一部の方に「風邪は抗菌薬で治るもの」といった間違った認識があります。海外、特に欧米ではウイルス性風邪に抗菌薬を処方しないことが常識となっています。欧米では風邪で医療機関を受診しても、熱さまし程度しか出してもらえないところが多いでしょう。
2. 抗菌薬乱用による「耐性菌」……治療が難渋するリスクも
抗菌薬をむやみに使用すると、菌が抗菌薬に対する「耐性」をつけ、「耐性菌」ができてしまうリスクがあります。MRSA(メチシリン耐性黄色ブドウ球菌)という菌を耳にしたことがありませんか? MRSAは、抗菌薬の過剰な使用により菌の性質をどんどん変化させるため、抗菌薬に対して抵抗力を持ってしまいます。この菌に効く薬は限られており、またその薬に対しても耐性を持つ菌ができてしまうと治療に難渋します。胃潰瘍や胃がんの原因とされるヘリコバクター・ピロリ菌も近年除菌成功率が低下しています。原因は、抗菌薬の乱用で耐性菌が増加していることが考えられています。
薬剤耐性菌については、厚生労働省も「薬剤耐性(AMR)対策について」などで患者さんサイドに対しても注意を促しています。
3. 抗菌薬による「副作用」……肝臓や腎臓など、身体に負担
抗菌薬は肝臓や腎臓で代謝されるため、肝臓や腎臓に負担をかけることがあります。それにより、肝機能や腎機能が低下する可能性があります。また、抗菌薬投与によりアレルギーが起こる可能性もあります。ごく稀ですが、スティーブンス・ジョンソン症候群(皮膚粘膜眼症候群)という発熱、皮膚炎、眼の充血などをきたし失明や死亡することもある重篤な病気を引き起こすことが知られています。4.「腸内細菌」のバランスを崩してしまう……別疾患リスクも
抗菌薬を飲んで下痢をしたことがあるという人も少なくないと思います。抗菌薬は菌を攻撃するので、腸内の善玉菌も攻撃を受けます。抗菌薬を使用すると、腸内フローラ(腸内細菌叢)が崩壊して下痢を起こしやすい状態になります。腸内細菌が安定していない幼少期の抗菌薬投与が潰瘍性大腸炎など炎症性腸疾患の発症率を上げているという報告もあります。抗菌薬により腸内細菌のバランスが崩れると、腸内のクロストリジウム・ディフィシル菌が勢力を伸ばすこともあります。そうなると増殖したこの菌が産生する毒素により、クロストリジウム・ディフィシル腸炎を発症します。この腸炎は通常の薬では治りにくく、治療に難渋することが少なくありません。
5.「保険適応」による処方ではなく、違法になる恐れ
抗菌薬などの薬を処方するには、医療機関は病名を書いて「国民健康保険」や「社会保険」に請求する必要があります。抗菌薬などの薬にはそれぞれ「保険適応」というのが決められており、通常抗菌薬を使用するには、「気管支炎」や「肺炎」などの病名が必要です。つまり、「風邪症候群」や「上気道炎」で抗菌薬を使用することはそもそもできないのです。そのため、いわゆる「風邪」で強く処方を希望された場合、「気管支炎」など抗菌薬に適した病名をつけなければならない……ということになります。しかし、「診察した診断名」と「請求する診断名」が異なるのは本来違法とされています。保険組合の審査によって適正使用と認められない場合は、医療機関側の全額負担ということになることもあります。
抗菌薬は適正に使用しないと効果がありません
抗菌薬を処方することは医療側の利益になり、患者サイドの満足度も上がるためこれまで比較的安易に処方されることが多かったことが実情かもしれませんが、抗菌薬は適正に使用しないと様々な副作用やリスクがある両刃の剣ということは、頭に入れておく必要があるでしょう。