ジョン・ケアード氏から伝えられた言葉
「僕はさとしの中にバルジャンが見えるよ」
――『ミス・サイゴン』再演時にはジョン役でオーディションを受けられ、最終的にエンジニア役でご出演という経緯もありましたが、ジョンさんと組まれた『レ・ミゼラブル』では最初からジャン・バルジャン役でオーディションに参加されたのでしょうか?
橋本
実は最初「テナルディエも魅力的だ」という話を周囲のスタッフとしていたんですが、僕自身も周りも「やっぱりジャベールだろう」と。実際多くの方からオーディションを受ける前に「ジャベールが見たい」と言って頂いたりもしていました。ですがそれまで『ベガーズ・オペラ』や『ジェーン・エア』で仕事をしていたジョンの方から「ジャン・バルジャンで」と言われたんです。
(写真提供:東宝演劇部)
最初は「自分の中にジャン・バルジャンの要素があるだろうか」とかなり迷って躊躇したのですが、ジョンから「僕を信じて。僕はさとしの中にジャン・バルジャンがいるのが見えているよ」と伝えられたんですね。稽古に入ってからもジョンと一緒に”僕が演じるジャン・バルジャン”を模索していった部分が非常に大きいです。
特に印象的だったのが、革命の砦の中でバルジャンが歌う「彼を帰して」というナンバー。これはとても美しい旋律のバラードなのですが、ジョンは「さとし、これはロックなんだよ!」 「”神”に対峙をしてお願いをするのではなく、”神”と対話をする強い歌なんだよ」と。勿論、バルジャンを演じる役者1人1人に違う解釈があっていいし、ジョンは1人1人をきっちり見てくれていますので、(演じる)人によって色々な示唆があると思います。が、僕にとってこれは本当に衝撃的な言葉でした。
(写真提供:東宝演劇部)
ジョンの演出というのは、こちらが思いもかけない深い所に視点があって、毎回毎回「嘘っ!?」と良い意味で度肝を抜かれて疑問が浮かぶんです。「表現」って「表(おもて)」を「現(あらわす)」って書きますよね。誰でも思い浮かぶその「表」の部分を簡単に見せるとジョンは絶対にそれを許してくれない。「表現」の裏側には何があるのか、その奥にも何かが隠されているのではないか……そんな風に役者を迷わせて、役者が悩んで悩んでようやくたどり着いた所で「やっと来たね」と光をあててくれるんです……深いですよね。
出会いはパンツ一丁?
――ジョン・ケアードさんとの出会いは『ベガーズ・オペラ』(2006年初演)ですよね。噂によると、かなりファンキーなオーディションだったとか。
橋本
はい、そうですそうです(笑)。今度こういう作品をやるので是非ジョン・ケアードに会って欲しいというお話を頂いて会議室に行ったら、まず一曲歌ってくれと。もうどう自分を表現したらいいのか分からなくなって、劇団☆新感線時代に演じたオカマ役の歌を……それも凄いロックを当時やっていたムチをふるうという振付のまま歌って、最終的にはパンツ一丁になるまで服を脱いでいきました(笑)。
――(爆笑の後)その振り切った姿が、ベガーズ再演での二役に繋がって行ったんでしょうね。
橋本
ジョンはいつも試練を与えてくれますよね(笑顔)。『ベガーズ・オペラ』の再演ではピーチャム役の高嶋政宏さんが途中で抜けることが最初から決まっていて、僕が本役のトムとピーチャムの二役を同時にやることになったんです。でも稽古はトム役で参加していた為、高嶋のお兄ちゃんの芝居や動きをとにかく見倒しました。トムは座長の役だったので、ピーチャムの芝居を観察するという演技が成立したんですね。で、いよいよ(高嶋さんが当初の予定通り抜けて)トム役とピーチャム役の二役を演じるとなった時、場当たりくらいしかやる時間がなくて……どうするんだと。僕の役者人生であれだけ恐怖を感じたのは初めてですよ(笑)。
(写真提供:東宝演劇部)
最初にトムとピーチャムを演じる日、僕、楽屋から出られなくなったんですよ……怖くって(笑)。1人でずっと楽屋にこもってトムとピーチャムの台詞をブツブツ返してたんですね。そしたらそこにジョンがにこにこ笑いながら「ヘーイ、サトーシ!」って入って来て内心「ゴラァ」と思いつつ(笑)、「ジョン、あなたのせいで俺がどれだけ辛い思いをしていると思っているのか。あなたは俺にいつも試練を与える」って半分キレて伝えたら、「サトシ、何を言っているんだ。これは君にとって”試練”なんかじゃないよ。イッツ・ビッグ・チャーンス!」って(笑)。
ジョンのその言葉を聞いて何だか心が物凄く軽くなったんですよね。そんなに自分を追い込まなくても大丈夫なんだ、って。ジョンがこんな大役を任せてくれたという事はそれだけ自分の事を信頼してくれているんだとも思えてすーっと楽になりました。
また同時にカンパニーの大切さを強く感じました。僕がピーチャムをやる時、周囲も凄い集中力で見守ってくれて、もし何かアクシデントがあったら絶対に助ける!という皆の思いが伝わってくるんです。ああ、ジョンが最終的に目指すカンパニーの形っていうのはこういう事なんだ、1人じゃないんだと身を以て経験したんです。(注:文中、高嶋政宏さんの「高」ははしごだか)
松たか子さんと共演させて頂いた『ジェーン・エア』(2009年、2012年)でジョンが僕に与えた”試練”は新感線時代とは真逆の、一切観客に愛されず、一切観客の笑顔を引き出したりしないロチェスターという役。偏屈で影を背負い、悩み苦しんで秘密を抱えている男でした。音楽もとても難しかったのですが本当に美しい旋律で大好きな作品です。
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