舞台の降板に見る”事情”
そしてこの件を昨年の夏に初めて目にして1番不思議……というか、無謀だとも感じたのが、本番前の通し稽古(ゲネプロ)を除いて、土屋さんの稽古が”8回”と公式サイトに記載されていた件。台本を読んでいないのであまり断定的には言えないのですが、ある程度の尺(長さ)がある新作舞台で主役の稽古がたった8回というのは……驚きでした(状況や出演者によって稽古の日数は変わってきますが、基本的には1ヶ月が1つの目安だと思います)。また、公演中止の告知を出してから初日まで約1週間の猶予があり、通常ならば製作側が代役を立てて公演は予定通り行われるかと。ただこの作品の場合、「土屋アンナ」という名前に負うところが大きく、そういう訳にはいかなかったのかもしれません。
出演が決まっていた舞台を降板する……俳優さんも人間ですからこういう事が全くないとは勿論言い切れません。ただ、”体調不良”という形で作品から去るのが殆どのパターンで(人によっては明確な病名や怪我の状態を公にする事もあります)、今回の土屋アンナさんと甲斐智陽氏のように、ここまで事態が泥沼化するのは極めて稀なこと。
12月の口頭弁論で裁判所が提示した和解案では原告側の不備を多く指摘している事から、今のところは土屋さん側に有利な内容で進んでいると予想されていますが、果たしてこの異例とも言える裁判……今後一体どうなるのでしょうか。
『おのれナポレオン』でカンパニーが起こした”奇跡”
舞台の降板、と言ってもう1つ思い出すのが同じく昨年、東京芸術劇場・プレイハウスで上演された三谷幸喜氏作・演出の『おのれナポレオン』。こちらは天海祐希さんが軽い心筋梗塞を起こした為、出演中の舞台を降板せざるを得なくなり、代役として白羽の矢が立った宮沢りえさんは1日半で台詞と動きを身体に入れて見事にその役を務めあげました。元々俳優に対して「宛て書き」で役を立ち上げ、作品を作る三谷幸喜氏は宮沢りえさんの代役に当初は難色も示したものの、彼女と多くの舞台で組んだ野田秀樹さん(『おのれナポレオン』には出演者として参加)の後押しもあり、カンパニーが一丸となって彼女を支え、少ない休演回数で再び舞台の幕を開けたのです。再開した『おのれナポレオン』のカーテンコールは毎回オールスタンディングとなり、多くの観客が宮沢りえさんとカンパニーに大きな拍手を送りました。
生身の俳優やスタッフが作品を作り上げていく舞台製作の現場では時にトラブルも見られます。そのトラブルやアクシデントが関係者の熱意で素晴らしい収まり方をする場合もあれば、悲しい結果になってしまう事もあり……つくづく”舞台”というものは「人」が全てなのだなあ、と今回の一件で改めて思わされました。