30秒は切り詰められる限界
まず、世界トップクラスの選手が、名前をコールされてからスタートポジションにつくまで実際にどれくらいの時間をかけているのか見てみよう。次のデータはソチ五輪の男女シングルメダリストおよび注目選手が要した時間を私が独自に調べたものだ。
ショートプログラムとフリーそれぞれについて記載するが、あくまで私が手元の時計で計測したものなので、ISUの計測値と1秒前後の誤差はありうる。その点は考慮の上見ていただきたい。
男子シングル(ショート/フリー)
金:羽生結弦(40秒/43秒)
銀:パトリック・チャン(37秒/44秒)
銅:デニス・テン(39秒/40秒)
参考)
町田樹(43秒/45秒)
高橋大輔(28秒/27秒)
団体戦時のエフゲニー・プルシェンコ(33秒/29秒)
女子シングル(ショート/フリー)
金:アデリナ・ソトニコワ(40秒/30秒)
銀:キムヨナ(36秒/29秒)
銅:カロリーナ・コストナー(38秒/30秒)
参考)
浅田真央(45秒/45秒)
鈴木明子(29秒/30秒)
村上佳菜子(41秒/48秒)
ユリア・リプニツカヤ(35秒/45秒)
ご覧のように30秒以内なのはごくわずかの選手というのが事実だ。
ほぼ全ての選手に悪影響を与える変更
30秒以内にスタートポジションについた選手はわずかで、しかも30秒ギリギリ。VTRでその動きを確認したところ、演技に入る直前の動作として無駄なものはほとんどなく、これ以上時間を切り詰めるのは事実上困難とも言える。つまり30秒という時間は、どの選手にとっても限界と言える制限時間なのだ。
なぜこんなルール改悪が起きたのか?
こんなルールがなぜ採用されたのか真相を知りたいところだが、過去に行われたルール変更についてもタテマエ論で終わったように、このテの話はルール変更をした当事者に取材をしても事実が語られる可能性はあまり期待できそうにない。そこで、その背景を、フィギュアを取り巻く状況から推察してみる。
世界のフィギュア事情
先頃引退を発表した高橋大輔選手や休養中の浅田真央選手、そしてソチ五輪金メダリストの羽生結弦選手をはじめとして、近年の日本にはキラ星のごとき選手がいる。そのおかげで日本は史上空前のフィギュア人気となっている。一方、欧米のフィギュア人気はやや低調だ。長らく人気選手が不在だったせいもあり、スポンサー収入や放送権料も芳しくないと聞く。
過剰な商業化による弊害
肥大化したフィギュア業界において収入の減少は死活問題。となれば、テレビ番組として放送しやすいように試合時間を短縮し、スポンサーも獲得しやすくするという思惑が働いても不思議はない。むろん国際スケート連盟がそうと認めるとは思えないが、過度に商業化された現代のスポーツでは幾らでも起きうる話である。
大相撲で、取組上の理由ではなく、テレビの放送時間の都合で仕切りの時間を調整しているのもその一例だが、今回の「30秒ルール」も、人気低落に苦しむ欧米のフィギュア事情が引き金となった可能性は否定できない。
数年内に撤回されるのではなかろうか?
誤解を恐れずに言えば、この変更は改悪ともとれ、演技に悪影響を及ぼす可能性も否定できない。実は今回のルールの原文には、
<The first Competitor/s in a warm-up group will be granted an extra time of thirty (30) seconds after he/they is/are called to the start.>
という補足が記載されている。
各グループのウォームアップ後の最初の滑走選手には30秒の猶予が追加されるという規定で、これはまさに、30秒では十分に準備が整わないことを連盟自身が認識していることの現れとも見ることが出来る。
あくまで私の個人的意見だが、今回変更された「30秒ルール」はおそらく世界中の選手の不評を買うはずで、数年内に元に戻されるのではないかとみている。