エミー賞で6冠達成!平凡な教師が
ダーティーヒーローに変貌する『ブレイキング・バッド』
エミー賞とは、いわばドラマ界のアカデミー賞。米国で1949年からスタートし、毎年、優れた作品、俳優、制作者を選出してきました。そんな権威ある賞で、今年度の主要6部門を独占したのが『ブレイキン・バッド』(2008年~2013年)ファイナル・シーズンです。作品賞、主演男優賞をはじめ総ナメ。まさに『ブレイキング・バッド』イヤーとなりました。しかも本作は、当初は“こんな話がウケるわけがない”と前評判が決して良くなく、企画段階で主演候補だったジョーン・キューザックとマシュー・ブロデリックが断ることに。代わって、知名度の低いブライアン・クランストンに主役がまわってきた、という経緯があるのですが、蓋を開けたら超級ブレイク! まさに、アメリカン・ドリームな作品なのです。
中年のしがない高校の化学教師ウォルター(ブライアン・クランストン)は末期がん宣告を受けます。嫁は妊娠中で息子は障害者。しかも住宅ローンがあり、教師の給料だけでは生活が苦しいので洗車のバイトでしのいでいる状況。このままでは治療費も払えず家族にお金を残すこともできない……。にっちもさっちもいかなくなった彼は、科学の知識を活かし、元教え子と共謀してドラッグ密造へ大暴走!
というストーリーはたしかに荒唐無稽。でもシーズンを重ねるごとに、ウォルターのアウトローへの変貌ぶりに度肝を抜かれる予測不能な衝撃作なのです。
スピルバーグからワンダイレクションのルイをはじめ
アーティストがぞっこん!
実のところ、イケメンが大好物の私は初めは食指を動かされませんでした。なにしろキービジュアルが、銃を手にしたオヤジが上はシャツ、下はブリーフ1枚で荒野に突っ立っているだけなのですから……(笑)。ところが、見始めたらすっかりハマってしまいました。あのスピルバーグからアンソニー・ホプキンス、ワンダイレクションのルイまでが大絶賛なのも納得!危険な副業に手を出したウォルターに、次々襲いかかる危機のビッグウェーブ!手を組んだ元不良学生は失態を繰り返し、犯罪組織からは狙われ、おまけに麻薬取締局捜査官の義弟は捜査網を張り巡らせる。そんな状況で、教壇に立ちつつ家族に秘密裏にドラッグを製造するのです。
三つ巴のバトルに手に汗にぎりっぱなしになり、家族のために凄まじいストレスと戦う姿勢にジーンときて、痛烈なブラックジョークにやられまくるうち、どんどん『ブレイキング・バッド』中毒が加速します。
主人公は犯罪捜査官や弁護士などカッコイイ職業が占める率が高い米ドラマ界で、平凡な教師がダーティー・ヒーローへと豹変するドラマは異色。
しかし、ヒットの陰にはアメリカの閉塞感が関わっていると考えられます。ウォルターが道を踏み外すきっかけとなった医療費ですが、米国には日本のような国民全員に加入義務がある健康保険がないため、個人で保険会社と契約するシステム。支払う金額によって、カバーされる医療費の上限が変わってくるのです。その範囲を超えると保険はきかず、すべて自腹。だから、大病の手術や入院のせいで破産する人がゴロゴロいるそう。そんな恐ろしい現実を知っているご当地に住む友人は、日本に帰国するたびにあらゆる検査を受け、悪いところを治療して戻ります。
苦労の末、ドラッグを売りさばいて大金を手にしたウォルターですが、病院の窓口で想定よりはるかに高い治療費の請求額に唖然。現金払いだと割引があるはずだと直訴するも、提示額がその金額だと知ってショックを受けるシーンが切なすぎます。
リーマンショック以降、低迷から抜け出せない米国経済ですが、いちばん影響を受けたのは中流層だといわれています。いつウォルターのような状況になってもおかしくないという共感と家族の危機を無謀すぎる方法で切り抜ける痛快感がこの作品の人気に繋がったのだと思われます。
もちろんドラッグ密造は倫理的には問題視される行動ですが、ドラッグの危険性をきちんと描いた上で超級エンタメ作に仕上げているのでご心配なく。
「男は強くなければいきていけない。優しくなければ生きる資格がない」という名台詞をウォルター流に言い換えると「男は強くなければ生きていけない。ワルにならなければ生きる権利を得られなかった」となるでしょうか。