スイス随一の名城、レマン湖畔のシヨン城

夕景のシヨン城

バイロン、ルソー、デュマなど、数多く文人もシヨン城に魅せられた

スイス、レマン湖の東端に位置するシヨン城。スイスで最も有名なお城だけあり、年間35万人近い観光客が訪れます。湖に突き出た岩場に立つため、見る角度によっては湖に浮かんでいるようにも見えます。ダン・デュ・ミディなど周辺の山とのコントラストも見事で、お城の回りはいつもカメラを構えた観光客で大賑わい。ここではスイスで一番人気のお城、シヨン城の歴史と見どころをご案内します。


シヨン城の歴史その1~サヴォワの時代まで

シヨン城

モントルーから湖船でシヨン城へ向かう

シヨン城は湖に突き出た岩盤の上に立っています。古くは青銅器時代や古代ローマの時代に人が住んでいた跡があります。その後中世に砦が築かれ、ヴァレー州、シオンの町の司教が保有していました。ヴァレー州のシオン Sionは、シヨン城 Chillon Castleと似た地名ですが、別の場所です。



スイス地図

交通の要衝に位置するシヨン城

この地はイタリアからグランサンベルナール峠を越え、レマン湖岸を抜けてフランスやドイツに抜けるルート上にあります。山が湖岸の近くまで迫る狭い地形のため、通行税を取り立てる関所としての役割を果たしていました。

12世紀中ごろ、隣国フランスのサヴォワ伯がレマン湖の周辺にも勢力を伸ばします。地図を見れば判るように、シヨン城の南は湖、北は山の急斜面が迫る戦略上の重要拠点になっています。

サヴォワ伯はシヨン城を前線基地として利用。軍を駐屯させ、兵器庫を置きました。ただしサヴォワの王様(領主)はいつもこの城にいたわけでなく、夏の離宮として使用。普段は代官を置いていました。当時の領主たちは、広大な領土の状況を正確に把握するため根城を定めず、常にあちらこちらと渡り歩いていたそうです。

シヨン城全景

お城の北側斜面から見下ろすと城の構造がよく判る swiss-image.ch/Christof Sonderegger

領主の部屋は、陸上とは反対側の湖に突き出た部分に作られました。陸上側には2重の城壁を築き、万全の体制を整えます。そしてもし敵が陸上から攻め込み、迫ってきた時には船で湖に逃げることができます。対岸のフランス側まで逃げることができれば、そこはサヴォワ領です。




シヨン城の歴史その2~ベルンからヴォー州の時代へ

シヨン城

ここは戦乱の世に戦い疲れた領主たちの隠遁所にもなった

13世紀に入り、スイスの南北を結ぶゴッタルド峠が開通します。これにより、グランサンベルナール峠はさほど重要でなくなり、シヨン城を経由するルートの往来も減りました。サヴォワ家の関心はイタリア方面に向かい、レマン湖地方は次第に放置されます。

そこに一気にこの城に攻め込んだのが、ベルンからの軍隊でした。当時ベルンはスイスの原型となるスイス盟約者団に加盟し、その勢力を拡張していました。シヨン城の北にある急斜面の丘に隠れた大砲が、シヨン城の屋根を吹き飛ばします。槍と盾で戦っていた時代は地の利があったシヨン城も、移動式の大砲には抵抗できませんでした。シヨン城はサヴォワからベルンの代官の居城となり、その後260年もの間、ベルンによる砦、兵器庫、牢獄として使われます。

18世紀末に起こったフランス革命の余波はスイスにも及び、ベルンの支配に苦しむヴォー州でも革命に火が付きます。ヴォー州とはスイスにある26の州(カントン)のひとつで、レマン湖地方を指します。

1798年、ヴォー州はベルンからシヨン城を奪還。ベルンからの独立の気運に溢れる人々を、地下の牢獄から解放します。現在シヨン城はヴォー州の所有/管轄のもと、スイスで最も有名なお城として、世界中からの観光客を受け入れています。


 城内の見学

シヨン城の中庭

迷路のような城内には所々に中庭がある

シヨン城の入場の際は、受付で日本語のリーフレットをもらいましょう。城内の各部屋には1番から46番まで番号が振られ、番号順に巡回できるようになっています。見学は急いで見て回るには1時間、じっくり見たい場合は2時間ほどかかります。

 
シヨン城の寝室

当時は半身を起こして寝ていたため、ベッドは小さい

見学ポイント4番目の部屋には城の模型があり、シヨン城の全体像を把握できます。順路に従って進むと、城主の食堂、客間、謁見の間、寝室、トイレなど見て回ることができます。

 
さらに監視回廊と天守閣、拷問の部屋、サヴォワ伯がプライベートで使っていた礼拝堂など、中世のお城そのままの興味深い部屋が目白押し。そしてシヨン城最大の見どころがボニヴァールの牢獄です。


シヨン城の天守閣

見張り塔としても使われいた天守閣からの眺め

城内11ヶ所にはタッチパネル方式の案内板が設置され、各部屋の歴史、建築、美術など詳しい説明を聞くことができます(英語)。また、受付でiPodのオーディオガイドを借りることもできます(日本語あり)。料金は6スイスフラン(入場料別途)。




ボニヴァールの牢獄

ボニバールの牢獄

牢獄には太陽の光がほとんど届かない

シヨン城を有名にしたのは、イギリスの詩人バイロンが詠った「シヨンの囚人」です。バイロンはその作品の中で、地下牢に幽閉されたボニヴァールを悲劇の英雄として題材にしました。ではボニヴァールとはどんな人物で、なぜサヴォワ伯に捕えられ、幽閉されたのでしょうか?

ボニヴァールは、ジュネーブのサン・ヴィクトル小修道院の修道院長でした。16世紀当時のジュネーブは、司教を中心とする勢力、サヴォワの力を後ろ盾とする勢力、そして新興の市民勢力と3つの勢力が覇権を争っていました。

その中でボニヴァールは、新興の市民勢力のリーダー的存在でした。彼はサヴォワと対抗するべく、スイス連邦の州であるベルンやフリブールと同盟を結びます。さらにジュネーブに新教を導入しようとしました。そのため、旧教派のサヴォワ家と政治的にも宗教的にも敵対したのです。

ボニヴァールはサヴォワ勢に捕えられ、ベルン軍が来るまでの4年間、シヨン城の暗い地下牢に閉じ込められました。ボニヴァールが実際に繋がれていた柱は今も残っています。実際にその柱の前に立つと、こんな場所に4年間も繋がれてよくぞ生き残ったと思わずにはいられません。


 シヨン城へのアクセス

レマン湖畔のプロムナード

モントルーまで湖畔のプロムナードが続く

モントルーからシヨン城へのアクセスは、4通りの方法があります。

(1) トロリーバスで
モントルーからトロリーバス201系統利用。約15分でバス停 シヨンChillonに到着です。
お城はバス停の目の前です。モントルー市内にはいくつかのバス停がありますが、国鉄駅に一番近いのは、Montreux, Escaliers de la Gare。トロリーバスは10~20分間隔で出ています。トロリーバスはスイスパス、スイスフレキシーパスが有効です。

(2) 鉄道で
モントルーの国鉄駅からマルティニー、シオン方面行きの各駅停車利用。モントルーから所要3分。2番目の駅、Veytaux-Chillonで下車します。お城は駅のすぐ近く。列車は1時間に1本出ています。

(3) 湖船で
モントルーの船着き場から湖船で行く方法もあります。所要15分。湖から眺めるシヨン城の眺めも素晴らしいので、往路または復路どちらかに組み入れてみたいものです。ただし船は冬期運休となり、夏期も一日4便と便数が限られます。事前に時刻表をチェックの上、計画を立てましょう。

(4) 徒歩で
モントルーからシオン城まで湖岸のプロムナードがつながっています。ここは「花咲ける道」とも呼ばれ、春から夏にかけて色とりどりの花が溢れています。歩行者専用の静かな道で、のんびり散策を楽しむ老夫婦や、スケートボードに乗る若者などでいつも賑わいます。岸部に打ち寄せる波音を聞き、対岸のフレンチアルプスを眺めながら歩く道はとてもロマンティック。特にハネムーナーにおすすめです。

できればシヨン城の往復も旅の一部として楽しみたいもの。時間が許せば(3)湖船と(4)徒歩の組み合わせをおすすめします。

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■シヨン城 Chateau de Chillon
住所:Avenue de Chillon 21 CH-1820 Veytaux
TEL:021-966 89 10
開館日:12月25日と1月1日を除く毎日
開館時間:
(4月~9月)9:00~19:00(最終入場18:00まで)
(10月)9:30~18:00(最終入場17:00まで)
(11月~2月)10:00~17:00(最終入場16:00まで)
(3月)9:30~18:00(最終入場17:00まで)
入場料:大人12.50スイスフラン(スイスパス、スイスフレキシーパス提示で無料)
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