指揮官は「マエケンになれ」と言った
2対1で迎えた六回二死一、三塁、打席に山田を迎えたところで井納は右ふくらはぎにけいれんを起こした。ストレッチ後、きつめのストッキングに履き替えてマウンドに戻り、山田をスライダーで三ゴロに仕留め、自ら最大のピンチを切り抜けた。
「心配させてすみません。ピンチにしてしまったので、自分で抑えようといきました」。続投を志願して勝利をたぐり寄せる。この勝利はただの1勝ではなかった。リーグ単独トップの10勝目。DeNA投手(前身時代を含む)のリーグ10勝一番乗りは、1993年の野村弘樹以来21年ぶりで、単独でのリーグ10勝一番乗りは1985年の遠藤一彦以来、29年ぶりの快挙だ。広島・前田健、巨人・菅野の“本命”2人もリーチをかけていたが、ともに勝利を逃がしただけに、単独の価値はひじょうに高い。また、プロ入り2年目以内に10勝をマークしたのは、1978年の斎藤明雄(2年目)以来、36年ぶりである。ちなみにチームで7月までに10勝以上挙げたのは、1999年の斎藤隆(11勝)と川村文夫(10勝)以来、15年ぶりだ。
天然ボケのキャラクターで「宇宙人」の異名を取る井納。この日の試合前も登板日にも関わらず、球宴で仲良くなったバレンティンのもとへ行き、サインバットをおねだりした。監督推薦で初出場した球宴での収穫について、「バレンティンやエルドレッドとうまく話せたこと。(同僚の)モスコーソ仕込みの英語で」と真面目に話す。確かにモスコーソとは遠征先で通訳なしの2人だけで食事へ行くが、ジェスチャーを交えての“会話”で、英語を話せるわけではない。この度胸の良さがマウンドで生きているといえるだろう。
プロ初勝利を挙げた昨年5月7日の広島戦後、井納は中畑監督から呼び出され、「マエケンになれ」と言われた。「能力はある。これからチームの軸へと成長していくためには、何が必要かを考えてもらいたかった」と指揮官。それから井納は2つ年下の球界を代表する広島のエースをずっと追い続けてきた。「マエケンはたとえ調子が悪くても、試合をつくる。“こいつが投げれば勝てる”と思ってもらえる投手がエースだと思う」。前田健はもちろんだが、田中将大もダルビッシュ有も「たとえ調子が悪くても、試合をつくる」投手であることがわかり、井納もそれを目指すことを決めた。「自分はまだまだ隙だらけです。今日(右ふくらはぎのけいれん)だって自分の調整不足が原因」と気持ちを引き締めることを忘れない。
球団の10勝投手は2010年の清水直之(10勝11敗)以来で、新球団DeNAでは初めて。待望のエース格の誕生に「エース? そう呼ぶと、すぐその気になるからやめてよ!」と中畑監督もまんざらではない。まだ後半戦が始まったばかり。10勝はただの通過点だったと言えるように、井納は進化を続けていかなければいけない。