照明計画や仕上げ素材について
■意外と難しい照明のプランニングデザイナーズに限らず多くの賃貸物件は、照明器具は自分でそろえましょう、というのが基本。ですが、それは初期投資もかかるし、戸建て住宅でない限り建築化照明(オリジナルとして住居に照明があらかじめ計画されていること)がなされていることは、ほとんどありません。しかし、吉原さんが設計した賃貸住宅は照明にこだわり、建築空間に合った最善のライティングプランを設えています。賃貸であっても「住まい」には違いなく、注文住宅と同じ考えで設計することは、吉原さんは「あたりまえのこと」といいます。
日も暮れてきたので、照明の照らし方の違いを実験してもらいました。注文住宅のような綿密な照明計画。間接照明のみ(左)、テーブルを照らすペンダントのみ(右)。ずいぶん印象が変わります(クリックで拡大します)
■素材について
材料に手を抜かないことも吉原流。近年はライフスタイルの変化で、フローリング仕上げが多いですが賃貸ではほとんど「複合フローリング」です。複合フローリングとは、簡単に言えば合板(ベニア板)に0.5~1ミリの紙のように薄い木目調のビニルフィルムを張って仕上げたものがほとんどです。しかし、吉原さんの手がける賃貸物件では無垢材のブローリングが張られています。
『Memento.3、5』では「ボルドーパイン」という針葉樹系の材料が使われています。「ボルドーパイン」はその名のとおりフランスのワインで有名なボルドー地方が原産で、一般のパインより硬く耐久性の高い木材。厚さも15ミリあり裸足で歩いてみましたが心地よいものでした。
ボルドーパインの床。節もあって、赤みと白みがある日本では「源平材(げんぺいざい)」と呼ばれるもの。施工した大工さんは「こうした材は床には使わなかったんだけどな」と言っていたそうです。でも吉原さんはこうした面白い表情の柄の方が若い入居者にウケることをよく知ってチョイスしているな、と感じました
長方形のキッチン壁に張られたモザイクタイル(上)と玄関土間に張られた六角形(亀甲)のタイル(下)。両方とも、とてもカワイイですが「平田タイル」製のメイドインジャパンです。いわゆるデザイナーズ系のモダンよりもちょっぴりレトロな優しい仕上げは入居者も楽しい気分になります
収納や照明、素材、そしてデザインと、お話を聞いてきましたが、そもそも「デザイナーズ物件」って何? という素朴な疑問を吉原さんに投げかけてみました。
デザイナーズ賃貸とは?
不動産広告などで「デザイナーズ物件」「デザイナーズマンション」といったコトバをよく見かけます。多くは賃貸集合住宅ですが分譲マンションでも使われることもある表現です。でも、その定義は曖昧……。2000年初頭ごろから男性誌などでよく特集されたりしていて、ちょっとしたブームにもなりました。一般的な印象としては「建築家の“コンセプト”が前面に出た“作品”で、外壁はコンクリート打放し仕上げだったり、内装は構造や設備がむき出しの仕上げ。造作家具などは少ない」といったところでしょうか。まず、いわゆるデザイナーズ物件と呼ばれるものを多く手がける吉原さんにストレートに「デザイナーズ物件ってなんですか?」ときいてみました。
これも『Memento.3、5』に家具を配置したもの。みなさんおなじみのミッドセンチュリースタイルのインテリアですね。標準設備で上から吊るされたペンダント照明は北欧デンマークの若手人気デザイナー、セシリエ・マンツのデザインの「CARAVAGGIO」。ミッドセンチュリー、北欧、日本そして新進気鋭のデザイナーのプロダクツをミックスしたインテリア。こんな感じのコーディネートが今風の「デザイナーズ空間」になじみます
「そうですね、私たちも便宜上『デザイナーズ』という表現を使っていますが、まず一般にデザイナーズマンション呼ばれているものが本当に住みやすいのか? という疑問があります。たしかに、かっこよくて“スタジオタイプ”などと呼び、『入居者の自由な発想で、個性的な暮らしを!!』をなどと聞けば、住み手を尊重した物件のように感じますよね。だけど、その実態はとても『不親切』なものといいたくなるもがほとんどだと私は思っています。部屋というハコ=器をつくるだけで、収納もほとんどないし、その多くはインテリアのレイアウトや使い勝手、住み方などは全て入居者が工夫しなければなりません。たしかに、『個性』を尊重する時代のトレンドにはマッチしますし、入居者も『自分らしい』インテリアにする作業は楽しいものだとは思いますが……」
最近は、北欧を中心にちょっとしたインテリアブームです。全体にインテリアに対する入居者のデザインセンスが上がってきているのでは? という質問に対して吉原さんはこう語ります
「北欧デザインが日本でウケるのは当然だと思います。私もずいぶん前から日本と北欧のデザインや生活の親和性に気づいていて、物件にも北欧テイストを取り入れたものを提案してきました。エンドユーザーのレベルがアップしていることも、もちろん知っています。ですが、それを楽しめるのは、まだまだ一部の人たち。インテリアやデザインに精通していて、入居後は高価なヴィンテージものやデザイナー家具を揃える金銭的余裕がある人でしょう」
「そうした空間をDIYや、安くてデザインの良い家具で安く仕上げる傾向も否定はしません。ですが、いまだに建築専門雑誌や不動産広告写真などでよく見る、生活感がなくガランとして一見、広々と見える建築家の『作品』たちは、たしかに美しいですが、私から見ると、とても『ユーザーフレンドリー』とは感じられないのです」。
モダンデザインに見える無機質な空間(=「多くのデザイナーズマンションと呼ばれるもの」)は、実は親切な賃貸集合住宅ではないというお話。たしかに、最近はローコストで倉庫のようなデザイナーズ物件は流行りではありますし、好きなコーディネートができるような気がしますが、それは賃貸であっても「住まい」としてどうなのか? という吉原さんの問題提起だと感じました。
さらに吉原さんは、ル・コルビュジエの「住宅は住むための機械である」という有名な言葉を、「所帯道具一式がすべて揃って、入居者が生活を始めてこそ、『賃貸』という『住まい』の商品は完成すると考えています」といいます。
次のページでは吉原さんの考える、デザインされた賃貸住宅のこれから、そしてインテリアへの考え方などを紹介します。