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いまさら聞けない、北欧家具・デザイナーの基礎知識(2ページ目)

日本と北欧諸国、遠く離れていますが「森林が多い」、「人々が質素で勤勉」、「細やかな作業が得意」など、実は似ているところも多いのです。そこで、代表的な北欧のインテリアデザイナー、北欧家具とその特徴、そしてよく聞く北欧テイストって何? といった疑問や、それを取り巻く周辺の情報をダイジェスト的に紹介します。

喜入 時生

執筆者:喜入 時生

インテリア・建築デザインガイド


北欧デザインの王道の2脚

北欧の家具デザイナーといえばデンマーク生まれの巨匠、ハンス・ウェグナーとアルネ・ヤコブセンの2人を挙げる人が多いことでしょう。ウェグナーの代表作は「Yチェア」と呼ばれるもの。ヤコブセンの代表作は「アント・チェア」。どちらの椅子も、どこかで必ず目にしているはず。どちらもデンマークのデザイナー・建築家です。
ふしぎ

2001年に私が建築雑誌に連載していた記事の一部。なぜ建築家は、この2脚の椅子を好むのかを調査したもの。住宅建築雑誌を調べて1年間に登場したアントチェアとYチェアの登場回数を調べました。結果は年間138作品の住宅の中で35作品で、どちらかの椅子が登場していました。登場率25%!! いかに建築家がこの椅子たちが好きなのかが分かるデータです(クリックで拡大します)


ルーツは中国の椅子

まずは、ウェグナーのデザインをYチェアを見てみましょう。Yチェアの発売は1950年。これは、「世界で最も売れた椅子」として知られていて特に日本での人気が高く、建築家が住宅設計に多く採用する椅子です。ウェグナーは中国の椅子のリプロダクトを行い1943年に「チャイニーズチェア」という椅子を製作しました。その延長として、1949年にその名も「ザ・チェア」という職人による手作りの椅子を発表しました。これをアメリカのJ.Fケネディ大統領がテレビの討論会で座り、一気にウェグナーの名が世界に知れ渡りました。Yチェアはザ・チェアを工業製品化し価格を抑えて量産し、現在までに70万脚以上売れる大ヒットとなりました。
わいちぇあ

中国の椅子のリデザインだけに日本の住宅によくマッチするYチェア。安藤忠雄の出世作の1976年の住宅建築「住吉の長屋」のコンクリート打放し仕上げの空間にも置かれていました。それをみて、若手のモダン系建築家が好んで使うようになったという説も……

Yチェアについては、かなりのコピー品(リプロダクト、ジェネリック品)が出回ったことでも知られています。しかし、日本では、ちょっとした事件がありました。Yチェアを日本で正規に取り扱う、日本法人「カール・ハンセン&サン ジャパン」が、背板がY字形にデザインされた椅子の立体商標登録を特許庁に申請したのです。しかし、特許庁は「他社の商品と識別できない」と登録を認めませんでした。

そこで、カール・ハンセン&サン ジャパンは2011年に特許庁の審決取り消しを求め知財高裁に訴訟。裁判長は「特徴的な形状を有し、他社商品と識別できる」と判断し請求通り審決を取り消して立体商標を認め、日本ではYチェアのみリプロダクト品の販売はできなくなりました。裁判長は「美術の教科書にも載っているから」といった旨のことを言っていましたが、判断基準は曖昧な気がしました。しかし、ヨーロッパでは堂々とYチェアのリプロダクトが流通しています。カール・ハンセン&サン ジャパンが法的手段に出たのは、Yチェアが特に日本で人気がありすぎたためでしょうか? もし、メイドインチャイナで質が低いという理由ならば、Yチェアのオリジンは中国にあるので、ちょっと面白い話になりますが……。

また、Yチェアに関しては地元デンマークでもパプニングがありました。1995年、デンマークのトラップホルト美術館で、若手の家具デザイナー達によって、Yチェアをチェーンソーで切り刻むというイベントが行われたのです。彼らはウェグナーに代表される巨匠たちの影に隠れてしまい、自分たちのデザインを家具メーカーが発表してくれないことに反発していたのでした。当時、メディアで相当話題になったその出来事を、私は「パンクっぽくてカッコいいな!」と思ったものです。しかし、参加していた家具デザイナーのハンス・サングレン・ヤコブセンが、後に反省の弁を表明して、今では落ち着いた北欧風の家具を発表しています。ちょっと拍子抜けしましたが、それぐらいYチェアは、椅子のアイコンとして世界のデザイナーに影響を与える存在であることの証明といえるでしょう。

世界初の一体成形合板の椅子

一方の、デンマークデザインの超有名椅子アントチェアは、1952年に発表されています。1950年代、いわゆるミッドセンチュリーの時代は、世界的に新しい技術を使ったモダンデザイン椅子の競争が行われていた時代であるともいえます。3次元の成形合板の椅子は、アメリカのチャールズ・イームズが、有名なLCW、DCWという3次局面を持った椅子を1946年に発表しています。しかし、当時のアメリカの技術では座と背も3次曲面をもった椅子は製造できませんでした。そのため、イームズは仕方なくFRPを用いたシェルチェアを作ったという説もあります。

dcw

イームズの名作のひとつでDCWと呼ばれるこの椅子はテーブルにあわせて食事がしやすいようにデザインされています。3次曲面のプライウッド製の座と背は分断されています。私が2002年に編集・執筆した冊子「60CHAIRS」より。(クリックで拡大します)

しかし、ヤコブセンはイームズが実現できなかった、座と背が一体となった椅子、通称アントチェアを生み出したのです。これには、デンマークの家具メーカー、フィリッツ・ハンセン社の新技術への開発努力も欠かせないものでした。今では、普通に行われているプライウッドの3次元立体加工ですが、当時の技術では合板に力がかかる腰あたりの曲げ部分に、どうしても割れ目が入ってしまいました。そのクラックの入った部分を削っていくうちに、くびれができたのです。ヤコブセンはそれをデザインとして処理して、まるでアント(蟻)を思わせる美しい椅子に仕上げました。技術的なマイナス面を逆手に取るセンスには脱帽です。ちなみにオリジナルは黒く塗られていますが、これは表面のクラックをパテ埋めして隠すためでした。

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この3本脚で黒く塗装されたタイプがオリジナル。製薬会社の社員食堂に使うために200脚製造されました。スタッキング可能になっています。4本脚のタイプはヤコブセン没後に量産されるようになりました。


そして、ヤコブセンは1955年に、おなじみの「セブンチェア」を発表します。ヤコブセンはフィリッツ・ハンセン社とともに、アントチェアよりも座と背が広く、より座りやすい椅子を完成させたのです。このセブンチェアは累計500万脚以上も販売されたともいわれる大ベストセラーです。Yチェアの70万脚が世界最大といわれていますが、ダイニングチェアでどちらかというと個人ユースでした。セブンチェアはスタッキングできるため、公共施設で使われることも多かったので、この数字なのかもしれません。アントチェアから3年でフィリッツ・ハンセン社は一体成形合板の技術を上げ、現在見られるように、さまざまなカラーバリエーションを可能にしました。

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カラバリ豊富なセブンチェア。セブンの由来は7色と言う説、背の形が数字の7に似ているからとう説などがありますが、製造ナンバーから付けられたというのが有力なようです。

ここで紹介した世界的ヒットとなった2脚の椅子は北欧の中でも小さな面積のデンマークのデザイナーによるものです。次に、そのほかの北欧の国の家具・デザイン、日本との関係をみてみたいと思います。

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