昔ながらのスイスの生活が現代に息づくアニヴィエ谷

ツィナールの村全景

アニヴィエ谷最奥の村、ツィナール。画像提供:オフィス・ロマンディー

スイスのシンボル、マッターホルンの周辺にはいくつもの谷があるのですが、その代表格が世界的に有名な山岳リゾート地、ツェルマットを擁するマッター谷です。他にもおすすめの谷はあるので、ここではマッター谷の西に位置するアニヴィエ谷をご紹介します。

アニヴィエ谷では、マッターホルンの美しい山容がどこからでも見えるわけではありません。氷河特急などの絶景ルートを走る列車とも無縁です。ツェルマットと比べてホテルの数も限られています。しかしアニヴィエ谷には、それでもなお人々を惹きつけて止まない魅力に溢れています。

アニヴィエ谷へのアクセス

アニヴィエ谷地図

マッターホルン周辺にはアニヴィエ谷をはじめ数多くの谷がある

スイス国鉄の都市間急行も停まるシエールから定期路線バスを利用します。シエールの鉄道駅前にある停留所を出たバスは、30分でヴィソワの村に到着。ヴィソワから別のバスが、アニヴィエ谷を代表する3つの村、ツィナール、サンリュック、グリメンツを目指して3方向に分かれます。

 

数百年続く共同体の制度が今なお残るアニヴィエ谷

大規模な観光開発から取り残されたアニヴィエ谷には、昔ながらのスイスの山の生活が息づいています。例えば19世紀の末まで続けられていた季節移住。厳しい自然条件の中で過ごすアニヴィエ谷の人々は、季節に合わせてシエールなどの平野部、グリメンツなどの村、さらに高地の牧草地などと季節ごとに移住を繰り返す生活を送っていました。

アニヴィエ谷

数百年も続く共同体の制度が人々の生活に根付く。画像提供:オフィス・ロマンディー

一年中同じ場所に住んでいては、とても生活が成り立たたなかったのです。平野ではぶどう畑の手入れ、高地では家畜の世話をするといったサイクルを繰り返していました。

交通機関が発達した現代では、その季節移住もなくなりましたが、異なる標高の所々に現れる集落や村は、昔の人々の遊牧民のような生活の痕跡を今に伝えています。

また一説によると、アニヴィエ谷にはフン族の末裔が住んでいたとも。アッチラ大王率いるフン族は、4世紀にアジアからヨーロッパに侵入し、ゲルマン民族大移動を誘発したことで知られています。

これはアニヴィエ谷の方言と、フン族の言葉に共通点が見いだせることから導かれた仮説ですが、フン族が現在のハンガリーを拠点に、ドイツまで勢力範囲に収めていたことを考えると、スイスの山深い谷までやってきた可能性は否定できません。もしこの谷で、どことなくアジア人の風貌に似た人を見つけたら、そんな話に思いを馳せてみて下さい。