25回のドラマには歴史と文化があった
レジェンドF1のデモラン
【写真提供:MOBILITYLAND】
鈴鹿のF1も25回目の大会を迎え、間もなく親子3世代で観戦する時代が来ようとしている。ファンのレースに対する理解度の成熟に加え、F1日本グランプリ開催時の鈴鹿への移動は公共交通機関を利用する人が増えるなど、年を重ねるにつれてファンの観戦スタイルも手慣れてきている印象だ。
そんな中、レース決勝日には鈴鹿サーキットは曽田社長出席のもと25回連続観戦のファンを集めてささやかな交流会を実施するなど、日本グランプリを支えてきた熱いファンへの感謝の気持ちを示す事を忘れていない。
長年に渡って観戦しているファンの方の声もお届けしよう。小田原市から家族で観戦に来たファンは、2か所の異なるコーナースタンドのチケットを購入して分かれて観戦する、という上手な観戦法を実践されていた。20年間、鈴鹿のF1を観戦しているそうだ。そんな家族に日本人ドライバー不在のF1でも観戦に来た理由を伺ってみた。「初観戦は1990年。日本のメーカーが出ている時もあったし、出ていない時もあったけど、やっぱり来ちゃうんだよね、鈴鹿には」と男性は笑顔で語り、奥さんは「私は音が聞きたい」と語る。話を伺った時、高校生の息子さんはちょうどイベントステージで上演されていた80年代から90年代のF1プレイバックダイジェストを見に行っており、中嶋悟やアイルトン・セナが走る本人が生まれる前の時代のF1映像に釘付けになっていた。こうして親から子へ、これからは子から孫へ。鈴鹿の魅力、F1の魅力は語り継がれていくのだろう。
日本メーカー、日本人ドライバーに期待
今年来場し、話を聞いたファンの多くは外国人ドライバーを応援の対象にしていたり、F1そのものが好きだったりと、本当の意味でのF1ファンだったが、日本人ドライバーの参戦に関しては「日本人には乗って欲しい」という意見が多かった。しかし、それ以上に話を聞いたファンのほぼ全ての人が満面の笑みになって語るのはホンダのF1への復帰。2015年のパワーユニットサプライヤーとしてのF1復帰に話が及ぶと皆一様に声のトーンがあがるのだ。「日本の企業が参戦する事、ホンダの復帰は嬉しいです。やっぱりそこに日本人が乗って欲しい。でも、私たちの願いが叶うかどうかは別問題ですけど、誰でも良いっていったら変ですが、日本人に乗って欲しいですね」(三重県・女性)、「小林可夢偉に乗って欲しい。あとはザウバーのリザーブドライバーになった佐藤公哉にも」と願いを込めた笑顔の意見も聞かれた。ホンダF1トークショーに集まった大観衆
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イベントステージでは、中嶋悟、鈴木亜久里、伊沢拓也、中嶋大祐らホンダ系の元ドライバーや現役選手との「ホンダF1トークショー」が開催され、連日ステージ前は黒山の人だかりができ、ファンの期待の大きさ、ワクワクする気持ちが大いに伝わってきた。既存のホンダF1ファンだけでなく、新しいファンを作るという意味でも、ホンダが今後果たすべき役割は大きいと感じる。ホンダの復帰は2015年。来年にはファンの期待をさらに増幅させる何らかのアクションがあるだろう。
決勝レース中の風景
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日本人ドライバー不在で行われたF1日本グランプリ。観客減が報じられても、結果としては大いに盛り上がった大会になったと感じる。それは表彰式のシーンを見れば一目瞭然。昨年は小林可夢偉が自力で3位表彰台を獲得して盛り上がりがピークに達したが、今年も変わらぬ大きな声援が表彰台の外国人選手3人に送られた。その光景を見て、優勝したセバスチャン・ベッテルは目に涙を溜めているようにも見えた。
考えてみて欲しい。外国では誰かに感情移入した余程のファンでない限り、他国の国旗をもって応援する姿は珍しい。この日の鈴鹿は外国の国旗や、国旗をあしらった応援旗で溢れかえっていた。自国の応援の対象がほとんどない中で、観客の9割以上を占める日本人がいろんな外国の国旗を持って声援を送る姿。数あるスポーツイベントの中でこういう雰囲気はどこを探しても無いだろう。この光景にF1ドライバー達は心から感動したのではないだろうか。
「鈴鹿は僕たちにとって特別なレース」
彼らが語る言葉は決してリップサービスではない。鈴鹿のF1はまたひとつ、スペシャルな伝説を刻んだ。そう思える日本グランプリだった。
鈴鹿日本グランプリ
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