今まで、数多くのリフォーム現場に立ちあってきました。リフォームは暮らしに密着していますから、そこに暮らす人たちの様々な人生模様に直接触れる、そんな仕事でもあります。その中でも、住んでいる人に一度も会わないまま始まって、そして終わった現場がありました。
夜逃げの現場の依頼
特に荒れた様子も見られず、庭には子どものおもちゃが転がっていた。
それは不動産会社からの依頼で、夜逃げ後の家の後片付けと、次に賃貸に出すための原状復帰のリフォームの依頼でした。
夜逃げの現場と言うので、どれだけ荒れ果てた家なんだろうと思いながら向かったのですが、到着してみると、外観は普通の一戸建て。特に荒れた様子もなく、庭には子どものおもちゃが置いてありました。
ごく普通の家なのに何かが違う
家に一歩入って見回してみても、ごくごく普通の家に見えました。玄関には女性物のサンダルや子どもの靴があり、洗面所にはトイレットペーパーや洗剤のストックが当たり前のように置いてありました。キッチンからダイニング、リビングを見まわしても、食器やおもちゃ、雑誌、CDなどが普通にあり、今にも隣りの部屋から奥さんが「こんにちは」と出てきそうな感じでした。夜逃げの後片付けと言われて、緊張しながら現場に入ったのですが、特に変わったこともない普通のお宅なのでひと安心。なんだこんなものかと、ちょっと拍子抜けしながら、現場の採寸や確認作業に入りました。
しかし、ひと息ついて家の中をじっくり見まわしてみると、どこか違和感があるのです。毎日、お邪魔して見ているたくさんの住まいとは、何かが違うのです。
違和感の原因
静かな現場だった。時計だけが動いているのが不思議だった。
例えば、リビングのテレビ台の上には、大型テレビが置いてあった跡はあるのですが、アンテナコードが引きちぎられたようになっていてテレビは無くなっていました。そしてなぜかトースターが無造作に置いてありました。
他にもCDは散らかっているけれどプレイヤーは無い、電子レンジが置いてあっただろう場所にはガムテープとスリッパが置いてありました。キッチンの床には子どもの人形が落ちていました。
そうやって見ていくと、高価な家電だけが無くなっているのがわかりました。残されているのは古い家電と冷蔵庫と洗濯機。大きなものは運びきれずに残したのでしょうか。食器は大人用と子ども用のお茶碗やカップが、そのまま残されていました。
時が止まった家
更に目をこらしてみるとよく見ると、全てにうっすらとホコリが積もっているのがわかりました。生活感はあるのに生活臭が無い、時が突然止まってしまったようなそんな光景でした。夜逃げしてから長い時間が経っているので、当然のことなのでしょうが、あまりに静かなこの家の中で、壁に掛かった丸い時計だけが何事も無かったように普通に動き続けているのが、なんだかすごく不思議な感じでした。
リフォームの仕事
家具類を産業廃棄物として処分し原状復帰のリフォームを行った。
落ちていた人形の持ち主の子は元気でいるだろうか、この人形が無くなって寂しくないだろうか、そんなことを考えながら作業を行ってたのを覚えています。
この家の家族にどんなことが起きたのかは分かりません。置き去られたモノたちからは、それまでの幸せそうな暮らしが伝わってきていました。
本当に家の数だけ人の暮らしがあります。住んでいた人に出会うことがないまま終わった現場でしたが、携わった家の全ての人が、幸せでいて欲しいと願っています。
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