保健師(婦)が主人公
小説やテレビドラマ、映画などで登場する主人公たちの職業というと、皆さんは何を思い浮かべますか? 定番は刑事や弁護士、新聞記者、教師。医療系なら医師や看護師ものもよくありますね。じゃあ、保健師は?きっとほとんどの方が代表作をあげられないと思います。それだけメジャーじゃない職業といえばそれまでなんですが、実は昭和40年代に出版された『「沖の島よ」私の愛と献身を』(伊藤桂一著)の名前は覚えておくべきと思います。
これは実在の保健婦、荒木初子さん(1917-1998)の活動を描いた作品で、高知県の西部、宿毛市の沖合い24kmにある沖の島が舞台になっています。
実在の駐在保健婦の活動
時は1949(昭和24)年、沖の島は風土病のフィラリアが蔓延し、乳児の死亡率が全国平均の4倍近い数値が物語るように、保健衛生的な分野ではかなり遅れていました。そこに駐在保健婦として赴任したのが、この島の出身である荒木初子さんでした。お世辞にも良いといえない衛生状態をなんとかしなければいけない! 荒木さんは島民たちに保健衛生の大切さを説くと同時に、寝る間を惜しんで島の衛生環境の改善に力を尽くしました。結果、フィラリアの発症率や乳児死亡率は劇的に下げることに成功したのです。
孤島の太陽
高知県宿毛市の離島、沖の島
残念ながらこれらの作品はビデオやDVD化されていないようで、レンタルなどで観ることはできません。しかし、地元ではイベントで特別上映会をすることもあるようで、他県の方に比べると認知度は高いといえます。
*実際、高知で看護師をしている私の従姉もかつて映画を観た記憶があると話していました。
私が取材した方のなかには、子供の頃に孤島の太陽の映画を観たことで保健師を志し、実際に自分が沖の島の担当になった方もいました。今はさすがに駐在制度はなくなり、宿毛の市街から定期的に船で通いながらの保健活動をしていますが、島での活動はまず歩き回り、出会う人々に声をかけていくというスタイルです。まさに、これぞ保健師の原点となる活動ですね。大先輩である、荒木初子さんの活動は今もしっかり受け継がれているというわけです。
駐在経験者の声は貴重
高知県の駐在保健婦制度の廃止は1997年と比較的最近の廃止だったため、県の保健師のなかかには駐在保健婦経験者も何名か残っています。そのひとり、昭和50年代の沖の島に駐在した経験を持つNさんに当時のお話を聞くと、島は階段が多く歩くのも大変だったこと。フィラリア健診は当時も行われていて、夜中の血液にしか反応がでないということで、本当に夜中の血液採取をしたこと。難産で島から外に運び出したい患者がいたのに、海が時化ていて大変な苦労をしたこと、などの経験を語ってくれました。実習経験がほとんどない大卒保健師が増えている今、こうしたベテランたちが足で稼いだ経験をしっかり受け継いでもらえるような教育体制がもっともっと充実されればいいですね。そして、これから保健師を目指そうとしている方、すでに保健師だけどやりがいを見失いかけている方は、こうした経験談を話してくれる方に苦労してでも会いに行くことをおすすめします。きっと学会やシンポジウムでは得られない「魂」を感じるはずです。
*このページの写真は、沖の島で活動している現役の保健師さんから提供していただきました。Sさんありがとう!
*映画出演者は敬称略としています。