コスチュームジュエリーの女王「ミリアム・ハスケル」とは

アメリカのコスチューム・ジュエラーズ クイーンのミリアム・ハスケルは、ユダヤ系アメリカ人として1899年インディアナ州に生まれました。

若くしてニューヨークでコスチュームジュエリーショップを経営し、またたく間にレディ達の心をつかみ、栄光を手にしてアメリカンドリームを実現した伝説の女性です。


セレブが愛したハスケルのパリュール

セレブが愛したハスケルのパリュール


女性をより魅力的に見せるために心を込めて制作されたジュエリーはヨーロッパのセレブたちにも愛され、発展を続けました。

裏側も計算されたデザイン

裏側も計算されたデザイン



◆ハスケルが活躍した時代
1920年代になるとアメリカは黄金の20年代といわれる華やかな時代が幕を開けます。

第一次世界大戦が終わり、女性の社会進出を求める運動も盛んになりました。
またシャネルの影響もあり、女性のファッションにも大きな変化と自由が訪れ、それまでの装飾ではなく、活動的なデザインや素材のもの、ボブやショートヘアスタイルといった動きやすくてお洒落なファッションが流行しました。

この時代にハスケルも多くの女性を彩り魅了するコスチュームジュエリーを世に送り出し、活躍の場はヨーロッパへも広がっていきます。

ビジネスの華やかさとともに、ハスケルもいくつかの恋をしました。
ですが、それは生涯にわたり彼女の人生を彩るものにはなりませんでした。

失恋の痛手か、彼女の心は少しずつ壊れ始め、50歳になる頃から入退院を繰り返すようになり、仕事から遠ざかってしまいます。

躍進を続けるハスケルカンパニーとは裏腹に、ミリアムは長い療養生活の後、82歳でなくなりました。

恋は実らなかったハスケルですが、ビジネスパートナーにはいい出会いがありました。


◆ハスケルの生涯のパートナー
ミリアム・・ハスケルのコスチュームジュエリーを語る上で欠かせない人物がいます。

デザイナーのフランク・ヘス。

インテリアデザイナーをしていたヘスのデザインセンスは、あらゆる角度からも魅力あるハスケルジュエリーの大きな特徴になっています。

彼は失恋の痛手をおった後もハスケルと会社を献身的にサポートしていきました。

大胆なデザインも、その作りは全て手作業で繊細な作りだからこそできるものがあります。

フランク・ヘスのデザインと、プロデュースするハスケル。

繊細な2人だからこその妥協のない情熱により、魅力的な作品が作り続けられたのかもしれません。


次はハスケルジュエリーの特徴を紹介します。