棚にずらりと並んだサプリメントに気が動かない糖尿病患者は少ないでしょう。ただ、手に取ってみても使い方が理解できないものが多いようです。
2つの心配がすぐに浮びます。サプリメントの副作用と処方薬との相互作用です。更にサプリメントの内容物の保証やメーカー間の相違、全てが標準化されていないこと、汚染のチェック、薬用植物の真偽なども関心事です。
サプリメントのパッケージの見方も大きな問題です。医薬品は誤った用い方をしないように服用方法から成分の説明、副作用の対応まで事細かく説明されていますが、サプリメントは食品として分類されるため、医薬品のような服用方法は記載できず何もかもあいまいさが残ります。
1億5000万人の米国人がサプリメントを使って、今では270億ドル/年の巨大市場となった米国では、NPOのU.S.Pharmacopeial Convention(USP)がサプリメントの内容を検査、分析して保証するUSPシールを発行していますが、日本ではそのような第3者機関はないようです。なお、独立行政法人国立健康・栄養研究所が「健康食品の安全性・有効性情報」を出しています。
血糖を下げるのではなく糖尿病合併症を軽減するサプリメントが有望
後述するように血糖値を下げる目的で使われるサプリメントはたくさんありますが、それらの効能効果の多くが伝承であったり、「特定のサプリメントを試したら血糖値が下がった」とか、「症状がよくなった」というような症例報告です。報告では、仮に少人数を対象に客観的に行なったものでも信頼性は高くないのです。問題の一つはいつも同じようなフォームに従って、投与量も変化させずに「効果があった!」と結論づけるやり方はサプリメント業界特有のもので、医薬品研究とは根本的に土俵が異なります。この科学的根拠の信頼の低さが、糖尿病担当医の患者に対するサプリメントへのアドバイスを困難にしています。新聞の折り込みチラシに入っているような正体不明の糖尿病サプリメントに至っては、意見を求められても答えようがないのでしょう。
しかし、担当医が一度でもサプリメントや代替医療について否定的な発言をすると、患者は二度とその話は持ち出しません。これは処方薬との危険な相互作用を招きかねませんから決して好ましい状況ではないのです。患者の立場から言えば、医師は時々サプリメントや代替医療について患者に確かめてくれればいいのですが、的確な判断ができる医師も少ないのでしょう。
一方、米国では血糖値を下げるのは正規の処方薬に任せることにして、心臓病や神経障害のような糖尿病特有の合併症を改善する、ある程度のエビデンスがあるサプリメントに関心が集まっています。
それがEPAとDHAのオメガ-3 脂肪酸とα(アルファ)-リポ酸です。
糖尿病患者に多い虚血性疾患を予防するEPA/DHAなどのオメガ-3 脂肪酸
ヒトだけでなく、哺乳類は脂肪酸の特定の位置の炭素を二重結合させる酵素を欠いているため、その型の脂肪酸を食物から取らなくてはなりません。その必須脂肪酸がリノール酸とα-リノレン酸です。必須脂肪酸が発見された当初は微量必須栄養物としてビタミンFと命名されましたが、後に1日あたり数グラムは必要であることが分かり、ビタミンのカテゴリーから外れました。必須脂肪酸はカロリー源というより、様々な生理活性物質であるプロスタグランジンやロイコトリエン、トロンボキサンを生成するための原料として体に欠かせないものです。
今日、閉口するほどテレビコマーシャルで目にするEPA(エイコサペンタエン酸)とDHA(ドコサヘキサエン酸)は、体の中で必須脂肪酸のα-リノレン酸から生成することができますが、ビタミンと同様に多量に取ることで栄養素とは別の薬理作用を持っていることが分かりました。
手がかりになったのはデンマークの研究者たちの調査でした。彼らはグリーンランド(デンマーク領)の先住民イヌイットに心筋梗塞などの血栓性の疾患がほとんどないことを発見し、その理由をEPAを多量に含む魚油をたくさん摂取していることと結論づけました。この指摘は多くの研究によって確認されています。EPAは血液を固まりにくくして血栓を予防し、コレステロール値や中性脂肪値を下げ、抗炎症作用もあります。
我が国と同じように、肉食の多い先進諸国は、イワシ・サバ・サケ等の魚油の多い青背魚を少なくとも週2回は摂取することを勧めています。魚嫌いの人には、2200mgのEPA/DHAのサプリを取ると、週2回の魚料理と同じになるというアドバイスまであります。また、米国心臓病協会は冠動脈疾患のある人は1日あたり1000mgのEPA/DHAを魚料理あるいは魚油サプリメントで取ることを勧めています。欧米の糖尿病患者の死因のトップは心臓や脳の虚血性疾患ですから、このサプリメントのお薦めは納得できます。ご存知の人も多いと思いますが、日本では本物(!?)の患者には医師の処方薬としてこのEPA/DHAが保険適用で支給されます。
糖尿病神経障害の改善が報告されているα-リポ酸(チオクト酸)
テレビで痩身サプリメントとして紹介されてから急に注目されたα-リポ酸は、チオクト酸という化学名で分かるとおり元々は医薬品でした。2004年6月1日より食品用途での使用が認められたビタミン様作用物質です。インスリン注射などしたことがない人が、チオクト酸によってインスリン自己免疫シンドロームという症状が起きて低血糖になったという報告が日本の医療現場にあります。海外の論文では見たことがありませんので、特に日本人(アジア人)に見られる症例かも知れません。
α-リポ酸は強い抗酸化力を持った物質で、ブドウ糖のエネルギーを取り出す過程で、解糖系のピルビン酸からTCA回路に入るアセチルCoAに変換するピルビン酸脱水素酵素の補酵素のひとつとして大切な働きをしています。ですから、ビタミンB1と同じような役目をします。当然ながら体の中にも微量ですが存在しますし、ブロッコリ、ホウレンソウ、ポテト、トマトなどにもあり、肝臓や腎臓などにもあります。江戸時代から明治にかけて多くの若者の命を奪った脚気は白米食によるビタミンB1欠乏症でしたが、脚気とは多発性神経炎のことです。B1やα-リポ酸のような補酵素の欠乏がアセチルコリン(神経伝達物質)を減らして中枢神経にダメージを与えます。また、これらの補酵素は脂質合成にも関与していて、ミエリン(神経細胞を守る物質)の生成を阻害して末梢神経障害の原因にもなります。
サプリメントとして注目されているのは糖尿病神経障害の痛みやしびれの改善が報告されているからです。辛い神経障害の治療薬はあまりないので、得難いサプリメントかもしれません。
シナモン、クロム……他の糖尿病サプリメントはまちまちの評価
米国糖尿病協会から出版された医師・医療従事者用の「代替療法・統合医療で用いられる糖尿病サプリメント」によると、なんと34種類ものサプリメントがありました。当サイトでも取り上げたシナモンとクロムが一番話題性があるようですが、2009年9月のDiabetes Care誌ではシナモンサプリメントの2型糖尿病患者における血糖降下と血中脂質改善は不明とされました。クロムの評価も分かれています。2007年8月のDiabetes Care誌では以前に発表された41の論文をメタ解析したところ、クロムは血糖値を下げるエビデンスがあると結論づけましたが、因果関係の逆転の可能性が解消されたわけではありません。
その他多くのサプリメントで糖尿病改善の研究が行われていますが、まだ科学的な同意を得るまでには至っていないのが現状です。
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