制度を作った責任者が、辞めた個人を責める構図に気づけ
埼玉県の先生の例では、県知事が「担任がいて途中で辞めるのは無責任」「思いとどまってほしい」と早期退職を決断した先生を責めるコメントをしています。文部科学大臣も「辞めるべきではない」と述べたとされています。これらをパワーハラスメントと指摘することも可能ですが、ここで考えてみたいのは「自分が責任を負う制度について、責任転嫁をしている」という点です。
そもそも「退職金カット」の条例を決めたのは埼玉県です。つまり、制度の変更を決めた側の責任者が、その制度がうまく機能しない(思ったより辞める人が多かった)ことを、現場で働く先生の責任にすりかえているのです。自分のミスを部下に押し付ける上司のようなもので、上官が部下に責任を押し付けるのは無能さの証明です。
埼玉県知事は4月1日から引き下げなかったことについて39億円の負担増になることを指摘していますが、これは多くの先生の不利益を甘受させることで成り立ちます(辞める自由は無視している)。その条例を立案した役人や、自身の判断ミスを、辞めた個人に押し付けている構図に乗っかって、先生を責めることが愚かな振る舞いであることにメディアもネットも気づいたほうがいいでしょう。
(他府県等では駆け込み退職した人について、通常はもらえる感謝状を発行しない等の対応があるようですが、たかが紙切れとはいえ、自分の不満を退職者の不名誉に転嫁することはばかばかしい話です。)
私が人事制度を設計するならこんなバカはしない
私は人事コンサルタントではありませんが、今回のニュースを聞いて思ったことがあります。それは「なぜ、4月1日から引き下げではなかったのか」ということと「経過措置を作れば良かったのではないか」ということです。1月末までに辞めれば旧制度の退職金計算、それ以降なら150万円下がる(埼玉県の場合)と言われて1月に辞める人が出ることは人事の人間であれば容易に想像できたはずです(12月に条例を通して1月末から引き下げるのも意地悪な改正です)。「どうせ、年度末まで働いてくれるだろう」と高をくくっていたのではないかと思います。生徒への先生の愛情を人質にして、先生に経済的な不利益をガマンさせる前提だったのかもしれません。早く引き下げれば、コストが安くつくと考えていたことは知事の発言などから明らかです。
また、「担任を持つ先生については3月末まで旧制度の給付を保証する」と付け加えておく方法もありました。経過措置は民間企業ではよく使うテクニックで「55歳以上の社員は旧制度の退職金計算とする」というように不利益がいきなり生じないようにします。組織維持に問題があるのなら、役職にある者、担任等の責任がある者についてのみ、退職金を引き下げなければ、そのまま年度末まで働いてくれたはずです。
駆け込み退職した人の多くは、すでに60歳に達しており、年度末の退職日まで勤め上げる予定だったとされます。それほど人数もいないはずです。また、他府県では残りの2カ月は臨時で働いてもらうこととし、生徒に支障が出ないよう工夫したところもあるようです。これも上手い対応のひとつです。
もし民間企業の人事部であれば、このようなトラブルを引き起こしたら、制度設計をした担当者の責任が問われるでしょう。もしかすると、本当の愚行は、人の心を考えず必要な制度を作り上げてしまった「見えない制度設計者」なのかもしれません。先生を責める人のおかげで、こうした人は責められずにすみ隠れていられるともいえます。
ただし、早期退職者は損する可能性があるので注意したい
ただし、個人の立場から考えて、早期退職には注意が必要です。埼玉県の先生の件では、すでに60歳到達をしている先生が応募した例が多かったようですが、50代で早期退職(あるいは退職金が将来下がる)制度をどう考えるかは難しい問題です。まだ定年まで何年もある場合、退職金を数百万円多くもらうことより、「そもそも定期収入がなくなるリスク」のほうが高いと思います。再就職をすぐできない場合、どんな割増退職金もあっという間に消えてしまうからです。
また「60歳以降65歳まで」の仕事の確保においても同じ組織にいたほうがチャンスを得やすい状態にあります。会社は希望者については全員65歳まで再雇用しなければならないわけですが、一度辞めた人はその限りではありません。安易に早期退職すると再就職するチャンスと、少ないながらも年収を5年間確保するチャンスを失うことになります。
早期退職について、目の前の損得ではなく、65歳までの収入確保の面もあわせて考え、慎重に判断してほしいと思います。
今回、辞めることになった先生や公務員の方々は、いろんな悪口を言われるかもしれません。しかし、世の中の風評などは気にする必要はありません。自分の経済的損得をしっかり見極めて、堂々と退職してほしいと思います。
(昨年に下記のようなコラムも書いてます)
2012年4月 希望退職の割増退職金はもらったほうが得するか