心臓・血管・血液の病気/心不全・不整脈・心房細動

横綱大鵬の死因・「心室頻拍」とは?

「巨人・大鵬・卵焼き」に象徴される活躍で一世を風靡した第48代横綱大鵬がこの1月19日に他界されました。原因は心室頻拍と伝えられています。大鵬関のご冥福を祈りつつ、この病気について解説します。

米田 正始

執筆者:米田 正始

心臓血管外科専門医 / 心臓病ガイド

第48代横綱・大鵬を襲った「心室頻拍」

第48代横綱・大鵬、本名納谷幸喜さんがこの1月19日に他界されました。

偉大なアスリート、国民的英雄、美しい横綱、戦うものの究極の姿、同じ時代に生きて光栄、苦労人で努力家、などなど、不世出の名横綱を偲んでさまざまな賛辞が送られています。「巨人・大鵬・卵焼き」の流行語に示されるように、誰からも愛された、高度成長期の夢のある日本の象徴であったように感じられます。史上最多優勝をはじめとする数々の記録や功績以上に私たちのこころに残るのは皆の夢を担っていたからかも知れません。衷心よりご冥福をお祈り致します。

筆者個人は小学生一年生のころ、大鵬関の少年時代の苦労話を雑誌で読みました。北海道の田舎で毎日納豆を売り家計を助けながら勉強し体を鍛えた生活態度にこどもながら感銘を受けたのを覚えています。自分が関西人にしては納豆が大好きになったのも、大鵬のおかげと今も思っています。

その横綱大鵬が亡くなられた原因は「心室頻拍」と報道されています。心室頻拍とはどういう病気なのでしょうか。

心臓は健康な状態では、規則正しいリズムで24時間365日動いています。しかし何らかの病気たとえば心筋梗塞や心臓弁膜症、あるいは心筋症、心不全その他の状態や、心臓の神経そのものが原因でリズムが狂うことがあります。これらを合わせて不整脈と呼びます。

不整脈にもいろいろなタイプがあります。オールアバウトの拙筆「
不整脈の種類・原因・メカニズム」をご参照ください。

不整脈には心臓のポンプより上流の、一時ため池ともいえる心房や電気信号の変電所ともいえる房室結節から上の部分から発生する上室性不整脈と、ポンプである心室から生じる心室性不整脈があります。ここでは大鵬関が亡くなった原因である心室頻拍やそれに関連する心室性不整脈を解説します。

ここでは緊急を要する、重いものから順番に解説します。

心室細動の原因・症状・治療

心室性不整脈の中にはそのままでは間もなく命にかかわる危険なものがあります。その代表的なものが心室細動です。医療者は略してVF「ブイエフ」と呼びます。超緊急の処置が必要なため、瞬時にコミュニケーションを取るためにこうした簡単な名前が好まれるように思います。

VF

心室細動では心筋が震えるだけでポンプとして作動しないため、心停止と同じ、危険な状態になります

心室細動ではポンプを構成する心臓の筋肉(心筋)がそれぞれ個別にばらばらに動きます。表面から見ると、虫でも這ってるように、ただぴくぴくと震えているだけです。そのため血液を送り出すという統一だった動きができず、血圧がほぼゼロまで落ちて、4分後には脳死状態となって死亡に至ります。
不整脈の中でも一番怖い、危険なものです。患者さんを助けるためには一瞬も無駄にはできない超緊急事態です。プロの医療者は「ブイエフ」と聞けば、たとえトイレの最中でもそれを切り上げて走ってその患者さんの場所に急行します。

■原因:心室細動の原因はいくつもあります。代表的なものは心筋梗塞です。心室細動は心筋梗塞のあとの直接の死因になりやすいのです。

心室細動は心筋梗塞以外の原因でも起こります。拡張型心筋症などの心筋症もそのひとつです。心筋症では心筋そのものが病気でやられて不整脈を出したり、心不全になって心臓が張り無理がかかって不整脈を出すこともあります。

LQT

QT延長症候群の心電図の特徴

QT延長症候群も心室細動を起こします。この病気ではしばしば心室頻拍(後述)や心室細動を介して気を失ったり命を落とすこともあります。ブルガダ症候群(Brugada症候群)も心室細動の原因のひとつです。

心室頻拍や心室細動のなかには特発性と呼ばれる、原因不明のタイプもあります。原因不明タイプの中では、悪い信号を出す心筋が左心室の後ろ内側にあるものや、右心室の出口付近にあるものが知られています。

■症状:心室細動になると患者さんはまもなく意識を失い、倒れます。患者さんと歓談している最中に心室細動になられ、その場で白目をむいて倒れられ、ただちに心臓マッサージや電気ショックでもとの状態に戻られた経験が何度かあります。

VF

心室細動の心電図

■診断:心電図を見ればひとめで診断はつきます。不規則でさまざまな幅の波が見られます。心電図がなくても状況から心室細動または心停止のいずれかであることまではわかります。

CPR

心肺蘇生

治療:心室細動は体にとっては心停止と同じです。一刻を争う事態です。そこでまずは心肺蘇生(CPRと呼びます)でマッサージをし、カウンターショックという電気ショックを与えて心室細動を正常のリズムにもどします。それから抗不整脈剤の点滴などで安定を図り、原因を調べてその治療も行います。
治療は薬の場合が多いですが、原因の疾患によっては心臓外科手術で治すこともあります。さらにそれらでも時々心室細動が発生して危険なときにはICDという植え込み型除細動器という、ペースメーカーを少し大きくしたような器械を皮膚の下に埋め込んで、もしもの場合に即座に器械が患者さんを助けてくれるようにします。心室細動になると4分で脳死になるため、救急車は間に合わないからです。原因疾患が特発性心筋症の場合などはCRTDという、上記ICDに心不全用の特別なペースメーカー機能を付加した器械を入れることもあります。

心室頻拍の原因・症状・治療

心室がぱくぱくと高速で動き血圧が出しづらくなり危険な不整脈です。前述の心室細動に移行することがよくあるためいっそう危険です。医療者はこの心室頻拍
VT

心室頻拍。動悸だけでは済まないことも。

をVT(ブイティー)と呼び、心室細動(ブイエフ)についで緊急事態です。

心室頻拍は電気信号が心室筋の中でぐるぐると回り心室が高速で動き続けたり、一部の心筋が有害な信号を発信することで起こります。そのため心室の筋肉がばらばらに動くのではなく、ある程度共同して動きますが、十分な統一ができず、間もなく上記の心室細動へ移行し、そこからは血圧ほぼゼロのため間もなく脳死が迫ってきます。何しろこの心室頻拍での左室の動くスピードは毎分120-250回にもなり、十分な血圧を出すだけの余裕がないことがわかります。

■原因:心室頻拍の原因は心室細動の原因と同様です。
原因のひとつが心筋梗塞です。この場合、左室のちからが低下するため、心室頻拍でさらに血圧が下がります。大鵬関は生前、高血圧をもっておられ、脳梗塞で倒れられたこともありました。動脈硬化による心筋梗塞や高血圧による心筋症的変化などがあったのかも知れません。

拡張型心筋症などの心筋症も原因となります。
他の原因としてQT延長症候群があり、女性に多い病気で、最初の発作のあと、治療を受けなければ1年後に20%の方が突然死で亡くなり、15年後までに半数以上がいのちを落とすという報告もあるほどです。治療によって予後は大きく改善し15年間での死亡率を5分の1以下に下げることが知られています。このQR延長症候群に合併する心室頻拍のなかには頻拍時の心電図波形がねじれた形をしめすトルサード・ド・ポア torsade de pointesがあり、上記の心室細動に移行すると命にかかわるため注意が必要です。

■症状: 心室頻拍が30秒以内しか続かない非持続型では症状がないこともあります。30秒以上続く持続型では動悸を覚えます。状況によっては血圧が下がるために失神しいのちにかかわることがあります。

VT

心室頻拍の心電図。

■診断: 心電図で決まります。

■治療:まずお薬を使います。心室頻拍のタイプによってベラパミル、ジソピラマイド、ベータ遮断薬、などをもちいます。一般に心室性期外収縮に多用されるリドカインというお薬は特発性心室頻拍には効かないこともあります。
これらお薬(注射)でだめなときには電気的除細動つまり電気ショックを行うことがあります。
心室頻拍の原因がある場合、たとえば狭心症・心筋梗塞などの虚血性心疾患、拡張型心筋症や心不全などがあれば、それに対する治療を行います。これが根本治療につながります。虚血性心疾患の場合、心室頻拍の停止にはリドカインをもちいます。器質的心疾患がある場合、カテーテルによるアブレーション(悪い心筋を熱処理します)の成功率は高くありません。
特発性心室頻拍では右室の出口付近に病気がある場合、そこをアブレーションして治せることが多いです。

AEDのこと

AED

AED。より多くの皆さんに慣れて頂ければより多くの方々が救われるでしょう。

近年急速に普及したAED(自動体外式除細動器)は心室細動などの場合にきわめて有用です。心室細動の方は発見時には意識がないことが多く、急いでAEDを使うことが救命のチャンスを広げます。AEDを正しく、的確に使えるよう、日頃から講習を受けられることをお勧めします。それによって社会貢献だけでなくご家族や友人のいのちを助けることもあるかも知れません。

参考サイト: 心臓外科手術情報WEB 心室頻拍などの原因である心筋梗塞や心筋症などの情報が得られます

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