アルカント・カルテットによる、
シューベルトの心の闇をも描ききった弦楽五重奏曲
シューベルト最晩年の大作『弦楽五重奏曲』 アルカント・カルテットによるアルバム
そんな歌曲王であらばさぞハッピーな人生だったでしょう、と思っちゃいますが、彼は若くして健康を害しわずか32歳で人生を終えるのです(梅毒に罹ってしまい、、、その治療として使われた水銀の中毒という説あり……。気の毒……)。その死の直前に作られたのがこの大作『弦楽五重奏曲』。室内楽の基本である弦楽四重奏(ヴァイオリン2人、ヴィオラ、チェロ)にさらにチェロを加えることで、第1チェロは自由になり、チェロの旋律性が増しています。そう、歌曲王らしい、歌いやすい布陣なのです。
この曲の画期的な演奏がアルカント・カルテットによるもの。彼らはジャン=ギアン・ケラス(チェロ)、タベア・ツィンマーマン(ヴィオラ)という当代きっての実力派ソリストを中心に結成され、人気を博すスーパー四重奏団。そこにケラスの弟子のチェリストを加えた演奏は、アンサンブルの精緻さ、メリハリの巧みさなど技術的完成度の高さは言うに及ばず、音楽の本質に迫る傑作CDになっています。
具体的には全体の音量バランスの巧みなコントロール。ケラスを中心に各人が存在感ある音を出しながらも息の合った一体感ある演奏。キレのあるリズム。一糸乱れず突き進むテンポ感。ビブラートをかけず、直線的な音を意図的に鳴らす箇所など、理知的でありながら、すさまじい迫力もあります。
冒頭の、ピアノからフォルテにクレッシェンドされるハ長調の和音からして、ヴィブラートなしに始まり、血の気が引いたようなシリアスな響き。以降も死の影に怯えるようにもがき苦しみ、しかし時折、良き日を思い返すような、または、苦しみの先にある解き放たれた楽園を幻視するかのような穏やかな歌が現れます。優しい場面での柔らかな響き、一方の暗い場面での重さ、激しさ。シューベルトの苦悩・希望といった心象が浮き彫りにされます。
最終的にこの演奏におけるシューベルトはどうなってしまうのか? 幸せだったかのか不幸だったのか結論は分かりません。そんな簡単に答えが出てしまうものではなく、代わりに浮き上がるのは赤裸々に苦しみを吐露し、また夢を見る・見ようとする、生身の人間シューベルトそのもの。誰もが不安を抱える今という時代において、苦しみながらも生を全うしようとするシューベルトの姿が感じられるこの演奏は、生きる勇気を与えてくれるかも、しれません。
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