とくに心臓・血管関連では
私の担当は心臓や血管ですので、おもにそれらについてお書きします。
心筋梗塞の後の心不全の回復にiPS細胞が期待されています
心筋こうそくでは、心筋(心臓の筋肉)が多数死滅します。死んだ心筋を外から補うべく、ES細胞から造った心筋細胞を移植すると心筋梗塞マウスの心機能が改善したという報告があります。心筋細胞が死滅しない物質をES細胞といっしょに使うと心室壁の一部に筋肉が再生したという報告も見られます。ES細胞が心筋細胞を造れるという報告と、あまり長持ちしないという報告などが混在しています。まだまだこれからの研究が必要ですが、iPS細胞はES細胞より増えやすく、調達もしやすいため、ひょっとすると大きな展開が早期に見られる可能性もあるでしょう。
心臓や血管病に関連深い病気
血管病の中で動脈硬化は大きな問題です。糖尿病が血管を傷めます
である糖尿病ではどうでしょうか。現在のところ、ES細胞からインシュリン産生性のβ細胞を確実に誘導する技術はありません。ただそれに近い、高血糖を軽くする作用のある細胞を造ったという報告はあります。しかしこれも細胞を増やしやすいというiPS細胞の特徴を活かせば上向きに展開する可能性があるでしょう。
iPS細胞を移植するときの注意点は
ES細胞でもiPS細胞でも、増えるちからのある、それもさまざまな組織に育つちからを持つ細胞には注意すべき点がいくつかあります。
移植された細胞がその臓器や周囲の細胞となじむことも大切です。音楽のハーモニーと似ています
まずその患者さんの組織とうまくなじむかどうか、です。心臓への細胞移植の場合は、もともとの心筋と協力して一緒に動くことが必要です。でないと心臓としてのパワーは上がりませんし、不整脈なども出やすくなり、危険なことさえあり得ます。このことは心筋組織となじまなかった骨格筋芽細胞の移植で悪性の不整脈が起こった経過からも推察されます。胎児心筋細胞の移植のときのように、ギャップジャンクションと言われる細胞同士の電気的結合ができれば不整脈は起こりにくくかなり有望となるでしょう。
つぎに発がん性の問題があります。いろいろな細胞や臓器になるちからがあるES細胞やiPS細胞ですから、たとえば心臓の壁のなかで骨や軟骨その他の場違いな組織を造ってしまうという懸念があります。いわゆる奇形腫です。増えやすい細胞の性質もあいまって、それらががんになっていく可能性もあるのです。
遺伝子を入れるためかつてレトロウィルスなどが使われましたが、この問題は過去のものになりつつあります
病態の解明や新薬の開発などでしたら、その過程でiPS細胞ががん化しても患者さんには迷惑はかかりませんが、話が細胞移植となれば、患者さんの体内での問題ですからこれは十分な安全対策が必要となるわけです。iPS細胞の作製に使われているc-Mycという遺伝子はもともと発癌遺伝子ですから、十分なコントロールが必要で しょう。iPS細胞作製のため遺伝子を入れ込むのにかつてはレトロウィルスという強力かつ危険なものがよく使われましたが、現在はプラスミドという弱くかつ安全な方法に移行していますので、この点での懸念はかなり解消されているようです。
またさまざまな分化能をもつiPS細胞では正しい方向・正しい段階に分化するよう、正確なコントロールがひつようです。そのための高度な技術の完成が必須なのです。分化し完成した細胞より、その少し手前の前駆細胞と呼ばれる、ある程度元気な細胞へiPS細胞を誘導できる技術も重要でしょう。 質的に均一で混ざりもののない細胞を誘導できることも当然必要です。
以上、iPS細胞のこれから患者さんにどのように役立つかをお書きしました。これから山中先生はじめ全国(全世界)でさらに研究が進み、早い時期に患者さんたちが救われることを希望するとともに、読者の皆さんが科学研究の体制や仕組みに関心をもって頂ければ望外の喜びです。
参考資料: 心臓外科手術情報WEBの
再生医療のページや心不全、虚血性心疾患などのページをご参照ください