山中教授のiPS細胞がこれからどのように患者さんのお役に立つのでしょうか
―――心臓病や血管病の観点をふくめて

京都大学iPS細胞研究所の山中伸弥教授が2012年度のノーベル医学・生理学賞を受賞されることが決定しました。まもなく授賞式です。

iPS細胞(induced Pleuripotent Stem cell 人工多能性幹細胞)とは

iPS

iPS細胞の姿

皮膚などの完成・成熟した細胞それも患者さんご自身の細胞をもとにして、ある種の遺伝子を使うことで、初期化、あるいはリプログラミングと呼ばれる、細胞の若返り、里帰りを図ってどんな細胞にでもなれる状態にもどった細胞なのです。つまり、1990年代後半に一世を風靡したES細胞(embryonic stem cell 胚性幹細胞、何にでもなれる万能細胞)とほとんど同じ内容をもつ、しかも他人様の細胞であるES細胞とはちがう、患者さんご自身の細胞です。

この受賞決定は患者さんや社会にとって素晴らしいことと思います。個人的にもかつて同じ大学で仕事をしたもののひとりとして心からうれしく、誇らしく思います。受賞決定の興奮さめやらぬ翌日、朝刊の一面を見たとき涙を抑えることができませんでした。同じノーベル賞でも海外の先生が取られるのとはそのご苦労も喜びもちがうからです。

すでにさまざまなメディア等でiPS細胞の内容はある程度ご存じかと思いますが、本論に入るまえに、この受賞の意義を少し述べたく思います。

日本の現状

アメリカ

研究体制でアメリカは今も日本を凌駕しています

日本の研究体制は今なお欧米に大きく後れをとっています。私は学生のころ、恩師の教授から「アメリカで研究業績を上げても半人前、日本で上げれば一人前」と言われるほど、予算や人員などで日本の研究環境は先進国とは思えぬほど貧相なものでした。しかし現在も日本はその問題を引きずっているのです。たとえば山中先生も長い間、実験ネズミの世話、えさも糞の処理も含めた世話をしておられたことからもご理解頂けると思います。アメリカならそれは専任の技師が行いますし、その技師を雇うだけの研究費があるわけです。

もう一点、日本の研究環境が遅れているのは旧態依然としたヒエラルキー制度です。教授の意のままに動くだけの研究者、これではいくら若い柔軟な頭脳からでも自由な発想が生まれにくいのです。私の知っている研究室は自由な雰囲気のところが多かったのですが、世間一般的にはそうとは限らないようです。早い時期から独立して厳しくてものびのびとアイデアがだせる、そうした構造が欧米には昔からありました。山中先生は現在のiPS細胞研究所ではこの仕組みを導入しておられるのが心強いです。しかしそれでも3年とか5年の期限付きの雇用の方が多く、やはり研究体制として欧米に遅れているのです。

ProfYamanaka

山中伸弥先生

同じノーベル医学生理学賞を25年前、日本人として初めて受賞された利根川進先生はアメリカやスイスなどの優れた環境での仕事が認められての受賞でした。当時修練医だった私たちは感動をもってそのニュースを聴いたものです。山中先生の受賞は日本の貧相な環境というハンディを乗り越えた受賞であることが一段と素晴らしいものと言えましょう。

実際、iPS細胞研究の土台になった初期の研究はわずか若干名の研究チームで、独創性と情熱と若さだけを武器にして進められたと言われます。欧米の何十分の1、あるいは何百分の1という小さいチームでした。ヒトiPS細胞がチーム山中によってできたとき、チーム山中対チーム全米の戦いで大変厳しいと言われたものです。現在のiPS細胞研究所(CiRA)は国や京都大学の支援のもと、世界水準と言われる組織になりつつあるようですが、それまでの道のりは大変厳しかったのです。

この機会に日本
事業仕分け

事業仕分けの世界1と世界2の議論

の研究環境、とくに研究予算が見直されればと思います。事業仕分けで多額の研究予算が削減されたのはまだ記憶に新しいことですが、こうしたことが長期的に日本の基礎研究や医療福祉だけでなく、産業・経済にまで悪影響をおよぼすことを多くの市民・国民の皆さんに認識して頂ければと思います。

有名になった「どうしてNo.1を目指すのですか?No.2ではいけないのですか?」という蓮舫議員の議論は、貧相な環境でも高い志をもって日夜努力を続ける日本の若い優秀な研究者に対してあまりにも配慮のない、酷い仕打ちでした。資源小国である日本がいきる道は頭脳立国しかないことを考えれば、それでなくても少なすぎると言われる研究予算を削減するなどは国の将来を預かる政治家としてあってはならないことなのです。このことは石油も鉄も水もない、しかしやる気のある頭脳だけは豊富なカリフォルニアがアメリカの産業の中心地になりつつあることからも明らかです。スポーツの世界に例えれば、オリンピックの金メダルを目指して日夜猛練習に耐えている選手に、君は銀メダルで良い、ほどほどに頑張りたまえというのと同じです。そんな愚かなことがまかり通る国を見たことがありません。

CiRA

京都大学iPS細胞研究所

さらに付け加えれば、iPS細胞研究の意義はよくわかったとiPS関連の研究予算だけ増やし、代わりにその他のさまざまな研究予算を減らすなどが行われないよう、注意する必要があります。日本の研究予算というのはその程度の見識で決められているのです。iPS細胞以外にも患者さんやこれからの日本を支える優良な大切な研究は数多くあります。それを支える人たちを失ってはいけないのです。優れた頭脳と腕をいったん失うと、それを取り戻すには大変な時間と労力が必要となりますし、まして頭脳が海外へ流出すれば他の国のちからが無用に上がり、日本にとってダブル喪失となってしまいます。
(続く)