iPS細胞は患者さんにどう役立つか
さて本論にもどります。iPS細胞はこれからどのように患者さんを救うためにお役に立てるのでしょうか。まずおおざっぱに、iPSが役に立つのは次のことがらです
iPS細胞は患者さんに様々なかたちでお役に立つでしょう
2.病気の内容がわかるため新しい薬を開発(創薬と呼びます)しやすくなる。またその効き具合を前もって知ることもできるし、一番効く薬を選びやすくなる。これは患者さんだけでなく産業の発展にも貢献します。
3.iPS細胞から造った細胞を移植して病気を治す。これが患者さんへの直接的な活用法ですね。
この3つにまとめることができます。
すでに1.と2.は進行中です。これだけでも大きな恩恵が患者さんや産業ひいては社会へもたらされるでしょう。3.もいずれは実用化するものと考えますが、山中先生ご自身が語っておられるように、効果や安全性について、まだ一層の研究が必要で、時間的にももう少し先のことになりそうです。
奇しくもノーベル賞決定直後にiPS細胞から造った心筋細胞を移植したというニュースが流れました。iPS細胞や再生医療を知る人たちはみな「まさか」と思いました。実際虚偽の発表、虚偽の研究でしたし、山中先生も現時点ではありえないとコメントしておられました。
iPS細胞の細胞移植にはまだまだ課題があります
こうした不祥事に惑わされたり落胆することなく、たとえゆっくりでも着実に科学的に正道を堂々と進むことを山中先生はじめ多くの研究者が考え、努力しておられることは心強い限りです。
iPS細胞での細胞移植治療
それでは3.のiPS細胞から造った細胞を移植する、新しい治療法の可能性について考えてみましょう。若い柔軟な頭脳がのびのびと力を発揮したのもチームヤマナカの特長でした
しかし技術革新はちょっとしたきっかけで急速に進むことがあります。山中先生のiPS細胞創りも何年何十年かかるか想像もつかないところから、天才的なひらめきと努力の積み重ね、そして若い柔軟な頭脳の活躍もあって、後にヤマナカファクターと呼ばれることになった4つの遺伝子を見事に選び抜き、短期間に一気に花が開いたことを考えると、予想は変化する、そうした期待をもって、支援しつつ見守るのが良いと思います。山中先生が述べておられるように、まさに「科学は驚きに満ちている」のです。
以下の実例の多くはES細胞や胎児細胞などで、それも動物実験レベルのものですが、それらはいずれiPS細胞に代わっていく可能性があります。患者さんご自身の細胞をもちいるiPS細胞は誰かの受精卵を必要とするES細胞よりも倫理的な問題が少なく、社会からも受け容れられやすいという大きな特長と将来性があります。しかもES細胞と違って拒絶反応の心配がほとんどないため長期の安定性が期待しやすいという強みもあります。
胎児細胞と比較したiPS細胞は何か別の組織や臓器を造らないかという懸念やがん化のリスクはあります。しかし倫理的な問題ではより有利ですし、胎児細胞よりも増えやすいため、研究や治療がやりやすく、いったん安全面が確定すれば実用的なものになるでしょう。
iPS細胞は人造とはいえ、ES細胞とほとんど見分けがつかないほど似ていると言われています。実際、それらのわずかな違いをみつけて超一流ジャーナルに論文がでているほどです。ES細胞はある種の神経膠細胞や心筋細胞、膵臓の細胞、運動神経などの神経、造血前駆細胞などに分化することが示されているため、iPS細胞もいずれは同様のことが期待できそうです。
皆さんがiPS細胞の直接利用として関心をもっておられる細胞移植のレベルで役立ちそうなのは網膜性の失明や脊髄損傷、心筋梗塞、パーキンソン病、そしてインシュリン依存性の糖尿病などがあげられます。