機内食でも前もって注文すれば「糖尿病食」が供されます。ただし、ほとんどがカロリー制限食ですから炭水化物の過不足があります。私は通常食で取捨選択する方が好みです。
唯一の目障りは周りが"高い塀"に囲まれているということだけですが…。
もう、昔話になりますが、ノボ ノルディスク ファーマ(株)の営業マンが、手軽で便利なインスリンペンが発売されたとき、刑務所にもセールスに行ったところ、受刑者の自己注射は禁止されているので1本も売れなかったというエピソードがあります。これはご本人から直接聞いたホントの話。私の知る限り、先進諸国では塀の中のインスリン自己注射は禁止、病態によって血糖自己測定は許可というのが通り相場のようです。インスリンは殺傷力のある危険な薬ですし、自己注射ではまるでドラッグ(!)ですから大騒ぎの元です。
閑話休題、塀の外で自由気ままに生活しているために、食事とインスリン、仕事のストレスやエクササイズの血糖値への影響などで昼も夜も苦労している私たちの「難問奇問」の続きに戻ります。
エクササイズを終えたばかりのインスリンの使い方は?
■運動直後なので血糖値は低いが、これからランチをたっぷりと取るつもり。だから…低血糖気味だけど、もうすぐランチを十分に取る予定なので、低血糖のリカバリーはしなくてもいいのでは?と誰でも心が揺れ動きます。
しかし、運動をしようがしまいが、食事を取ろうと思っていようがいまいが、低血糖のリカバリーは直ちに行うのが基本です。血糖値がどこまで下がるのかは誰にも分かりません。「インスリン治療の低血糖は、一寸先は闇」なのです。この決断を先送りするから、時として悲惨な低血糖による交通事故を起こすのでしょう。
運動後の低血糖のリカバリーをして血糖が平常値に戻ったなら、ランチはいつもどおりの食事の炭水化物量に合わせたインスリンで構いません。当然ながらリカバリーに使ったばかりのブドウ糖は計算に入れません。
ただ、低血糖から回復したばかりで、またインスリン注射をするのはいささか抵抗があります。その場合は食事が終わってからボーラス注射をすればいいのですが、いつもと違うことをするので、くれぐれもお忘れないように!
1型糖尿病の少年少女たちのサッカーのような長時間の強い運動や、長時間のウォーキングなどをすると、運動中だけでなく運動後も血糖が下がりやすい状態が続きます。どんな運動でも骨格筋の筋肉細胞表面にブドウ糖輸送担体を多く発現させますが、ブドウ糖を取り込むその効果がインスリンとは関係なく6時間以上も続くのです。昼間の運動が夜間低血糖につながります。インスリン注射をしている人は気配りと血糖測定が必要です。
■運動直後なのに血糖値が高い?! 1時間以内に食事をするつもりなので、インスリンはどうしよう?
一般論としては運動は効果的に血糖値を下げます。しかし、陸上短距離の全力スプリントのように、アドレナリンやコルチゾルのような血糖値を上げるホルモンがどんどん分泌されていれば、運動直後の血糖値は尿糖が出るくらい高くなることがあります。
ただし、この効果は長続きしないので、運動直後の高血糖にはインスリンを使いません。運動後の食事のボーラスインスリンにもこの補正分を付け加えないのが普通です。
前記のように、運動の血糖降下作用は長く続くからです。
食事をパスした時のインスリンは?
■でも、まだ血糖値が高いのですが…使っているインスリンが基礎(持効型)インスリンだけなら、何もすることはありません。きちんと記録を取って担当医に見せましょう。いつも高いのなら基礎インスリンの増量があるかも知れません。
超速効型インスリン(ヒューマログ、ノボラピッド、アピドラ)を使っている人では、食事時間以外の高血糖を、必要なら下げることができます。
超速効型インスリン1単位でどのくらい血糖値を下げることが出来るかは個人差が大きいのですが目安となる数値を計算する方法はあります。
これをコレクション・スケール(correction scale)あるいはスライディング・スケール(sliding scale)と言うのですが、この言葉にいい印象を持っていない医師もいるので、共通の認識を得るために次回に改めて解説します。
■食事をパスしても血糖値が高いのです。運動をして下げようと思うのですが…
運動は血糖値を自然に下げるとてもいい方法ですが、やはり安全を第一に考えるべきです。特に1型糖尿病で血糖値が250mg/dl以上あれば、まず、尿あるいは血液でケトン体を測定すべきです。もし、尿ケトン体陽性または血中ケトン体高値でしたら運動を中止して、上記のコレクション(補正)インスリンを注射して血糖値を下げるべきです。1型糖尿病の人ならシックデイの正しい対処法を学んでいることでしょう。シックデイとは糖尿病患者がほかの病気にかかった状態のことで、血糖コントロールがふだんよりも難しくなるのです。
もし、ケトン体がなければ運動をしても大丈夫という意見が多いようです。その場合は血糖値を下げるコレクションインスリンを前もっては注射しません。
いずれにしてもインスリン治療の糖尿病患者は、シックデイの対応を担当医と事前に打ち合わせておくべきですね。
以上、インスリン治療で出合うトリッキーなケースを取り上げてみましたが、これらはインスリン単位をある程度自由裁量で増減できる患者の立場で考えました。もし、担当医からインスリン投与が決められているとすれば、かえって血糖コントロールが難しくなると思います。
安全を選んで窮屈な生活(食事とインスリンの固定)を我慢するか、リスク管理を伴うインスリンの自由裁量をこなして、糖尿病の制約のない自由な生活を手に入れるかは、自分のライフスタイルで選ぶしかありませんね。