石川尚のWAKUWAKUプレスレポート#49

第3章 上野伊三郎とリチの京都 


活動の全容がほとんど知られていない『ウィーンと日本を結ぶデザイナー、建築家、そして教育者:上野伊三郎(1892-1972)と上野リチ(Felice“Lizzi”Ueno-Rix,1893-1967)』。(恥ずかしながら、筆者も全く知らなかったのです)

2006年、(ご夫妻が創立した)京都インターアクト美術学校から長年大切に保存してきた上野夫妻の全作品並びに資料が、京都国立近代美術館に寄贈されました。ご夫妻の篤志を答える為、代表作の展覧会を京都国立近代美術館と目黒区美術館で開催することになった『上野伊三郎+リチ』コレクション展。日本の近代建築運動に大きく寄与した伊三郎、ウィーン工房のエッセンスが下地となるファンタジーなリチの作品は、ほのぼのと心温まる作品ばかり。初めて目にする作品は、西洋東洋のデザイン文化が渾然一体となった当時のデザインを垣間みるチャンスを与えてくれます。
会場風景を通してご夫妻のデザイン足跡をご紹介していますが、前編に引続き後編では、リチがウィーンでも試みていたカラフルな七宝、プリント地。そして、建築家:村野藤吾との共作空間。いよいよ上野夫妻のインテリア空間が登場します。

「ワッッ、なに?、チっこくて、カラフルで、なんて上品な飾箱!」



(左)飾箱「結婚式」下絵(右)飾箱「結婚式」 作:上野リチ 製作:稲葉七宝 1950年頃(1987年再製作) 所蔵:京都国立近代美術館
写真をクリックすると七宝作品の画像が拡大されます。


描写が細かく、ユーモラスな表情や豊かな色使いがたまらない……リチの七宝作品。とくに少し渋みのあるグリーン地にちりばめられたモチーフは、筆者の好みです。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 京都で活動拠点を設けた上野夫妻は、個人住宅などの仕事を共同で行ってゆく。リチはウィーンと京都の間をしばしば往復し、1936年から3年間、上野伊三郎は群馬県工芸所長をつとめ、リチも嘱託として工芸品の制作に従事するほか、1939年から翌年まで、陸軍嘱託建築技師として満州に派遣され、リチもともに赴任した。(中略)リチがウィーンでも試みていたエマーユは、京都・稲葉七宝の技術を取りいれることで表現の広がりを示し、「リックス文様」(リチが創作した独特の文様)も、京都の繊維会社で製作・販売されたプリント服地に引き継がれる。
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(引用:「上野伊三郎+リチ」コレクション展図録,p115)



プリント生地「野菜」,   作:上野リチ 製作:吉忠株式会社, 1955年頃(再制作1987年)
写真をクリックすると会場で展示された色違いのプリント地の画像が拡大されます。

図案は、かぶや人参など、野菜をモチーフにしています。こじんまり、色鮮やかな「京野菜」が、リチの感性に刺激を与えたのだろうか……リックス文様が、より鮮やかとなり、洗練されています。 さて、カラフルなリチの作品につづいて、第4章では、いよいよご夫妻の空間の仕事を紹介しています。

第4章「建築から工芸へ」


(左)室内透し図や図面、建築写真などが建築インテリア関連の作品展示。(右)第4章の入口風景。
写真をクリックすると(左)の画像が拡大されます。

ここでは、「建築」、それも商業建築の作品が展示されています。手書きの建築・インテリア・家具図面、そして完成した建築写真など1930~50年代当時の商業デザインの在り様が伝わってきます。 第4章「建築から工芸へ」の会場風景を次のページでご紹介します。