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子育ての五月病とは?燃え尽きる母たち(2ページ目)

新生活や新学年を走り抜け、ほっとする5月や6月に、ママの心が折れてしまう「子育ての五月病」。何が原因なのか、そしてそのソリューションを考えましょう。

河崎 環

執筆者:河崎 環

子育てガイド

スリリングな4月、母はとても頑張った

春、母はみんなものすごく頑張っている。例えば子どもが新1年生。新入学用品をあれこれ万端に準備して子どもを送り出した小学校の懇親会で、「子どもがたまたま同い年」という以外に接点がまるでないような、人生で初めて会う種類の女性たちの中にぽつり、ということもある。あるいはみんな同じ団地ママ友だったりして、すでに濃密なムラ社会が形成されているなりの新生活だったりもするだろう。

そこでPTAの役員決めなどが行われたりして、先輩母と新米母、専業母とワーキングマザーの間で「意識が高い」の「高くない」ので一悶着あったりなかったり。自分が任を担うにせよ担わぬにせよ、ここでも結構大きめの地雷を踏むことがある。母親生活だって一つ一つが新鮮でいちいちスリリングだ。

「◯◯委員会の初顔合わせということで、朝お子さんの登校後8時45分からミーティング兼お茶会をします。ご都合のつく方はその流れでランチしましょう!」とか、子どものバス通園やら集団登校やらで、見守りや駐車場整理のおつとめが回ってくることもある。またその旗だ記録帳だ何だの管理がモーレツにめんどくさい。わざわざ次の人の家に直接持って行ったりして、貴重な時間からどうやってそのあれこれの時間を捻出しろというのだ、こちとらヒマじゃねーのよ、と、多忙な母たちはみな心の底ではそう思っている。

「母子はニコイチ」が期待された社会装置

お弁当ライフ。給食ライフ。送り迎えライフ。学童ライフ。お稽古ライフ。塾なんかが始まるお母さんもいるだろう。いや、新生活が始まっているのは子どもであって、母親じゃないじゃん、なんでアタシこんなに振り回されてるの?と自分に突っ込み社会に果敢に突っ込んでいるうちに、辿り着くのは「あぁ、どんなに子供は子供で親は親って言ったって、子どもが小さいうちは母子はニコイチなんだ……ニコイチであれと期待されているんだ……」という境地。

「母子はニコイチ」。この道徳観で外堀を埋められた社会装置の中、例えば「3歳児神話」、例えば「小1プロブレム」に白旗を揚げ、苦渋の選択で落城した元ワーキングマザーもいるだろう。

デキるひとや、真面目なひとほど、独りで頑張って周囲や社会や、子どもや自分自身の期待に沿おうとする。多方面の期待が矛盾を起こして機能不全に陥っていればいるほど、自分の努力と機転で解決しようとする。解決できるはずだと信じている。解決できないのは、自分の努力が足りなかったり、周囲の意識や理解が足りなかったり、あるいはシステムに欠陥があるのだと考える。

働きかけるが、容易に好転はしない。そうか、周囲も社会も容易に変わらないのなら、私が柔軟にならなきゃいけないんだわ、それなのに柔軟になれない私ってなんてダメな人間なんだろう、もっともっと変わらなきゃ。と、どこまでも自分を責めて頑張って、ある日、母は真っ白に燃え尽きる。


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