なぜ周りが気になるの?

子ども

「普通の子」ってどんな子?

わが子の成長・発達をよその子と比べてしまったり、よその子が持っているもの、やっていることと同じものを与えたくなったり……、そんな経験はありませんか? 「普通の子」に育って欲しいわけじゃないのに、普通に育てたいと思ってしまう。どうして子育てでは「普通」や「周り」がこんなに気になるのでしょう。

たとえば、日本国内に限らず、海外でも日本人の子どもたちが0歳からみんなで同じ通信教材をやっているという、そこはかとない不気味。「みんなやってる」が最大の正義なのか?と、違和感を覚える「子育て事情」ガイド カワサキさん。それに対して、「みんな子どもの命名には個性大爆発してるのに、『みんなと一緒な普通の子』にしたいってどゆこと? 意味ワカンナイっす」とフジワラさん。子どもの個性を尊重したいのに、なぜか普通を求めてしまう心理を、自分たちの経験も振り返りながら「子育て事情」ガイドの2人が分析します。

「みんなやってる」教材の正義感って怖くないですか?


最近とても気になるのが「0歳からの教育」とやら。なんでも鉄は熱いうちに打て、三つ子の魂百までとばかりに、3歳までにあれこれ準備しておく(植え付けておく)のがいい、というか、0歳だろうが何だろうが早期から色々「仕込む」のが当たり前ですよね的な流れになっているとか?

で、そういう教材とか教室とかがてんこ盛りで、何かね、今海外にいるにも関わらず、日本人の小さい子に会うとみんな同じ通信教材の付録持ってるんですよ。帰国してからも日本の教育に落ちこぼれないようにって、「お友達もやってるんだから」って、親がみんな横並びでやらせるんですよね。異様ですよ、日本の子も海外にいる子もみんな同じキャラクターの便せん(たぶん付録)にお手紙書いてくるし。……


「○○と一緒」と「普通は○○」っていうワード、大嫌い!


私、実は世の育児本によくある「○歳になったら○○ができる(できて当然)」「○○するなら今(しないと手遅れになる)」系の所謂「呪いの文言」に敏感なんです。むしろ蕁麻疹が生えてくるほど、大嫌い! こっそり白状すると、もっと嫌いなのは「○○と一緒」と「普通は○○」っていうワード。ええ、ご存じの通り根っからの変人枠、「千秋ちゃんって変わってるね」と言われるのが昔から何より嬉しい性質です。

だって、変わってるってイコール個性的ってことでしょう? え、みんな子の命名には個性大ばくはつしてるのに「みんなと一緒な普通の子」にしたいってどゆこと? 意味ワカンナイ。それダブルバインドじゃない?的な。

「目立ちたい、でも横並びでいたい」って人々が左右をキョロキョロしながら手をつないで、じーっと様子を伺っている。で、実際そこからひょこっと突出する子が出たら、いっせーのーせで引っぱり下ろすんだろうなあとか穿ち過ぎですかね?……


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