武田鉄矢さん、井上裕介さんが報じられた先天性大動脈二尖弁
100人に1~2人に見つかる大動脈二尖弁。大動脈弁狭窄症や、大動脈弁閉鎖不全症を発症することがあります。健康診断などで心臓の雑音を指摘されたり、胸痛・息切れなどがある場合は、すみやかに医師に相談しましょう。
2011年10月、俳優で歌手の武田鉄矢さんが最近、先天性大動脈二尖弁にもとづく大動脈弁狭窄症のため都内の病院で大動脈弁の置換手術を受けられたことが報じられました。武田さんはその後、経過順調とのことで安堵しております。そして先日は人気お笑いコンビ「NON STYLE」の井上裕介さんがこの病気であることが報じられました。先天性大動脈二尖弁とはどのような病気なのか、以下で解説をしたく思います。
先天性大動脈二尖弁とは
大動脈弁:三尖弁(左)と二尖弁(左)
大動脈弁は通常は3枚の弁尖つまりひらひらして開閉する部分が作動して血液を一方向に送る手助けをします。このおかげで左心室という心臓のポンプから血液が全身に送られ、その血液が左心室にもどる(逆流する)ことはないのです。
ところが100人に1~2人の割合で、この大動脈弁の弁尖が生まれたときから2枚しかないことがあります。これ自体は直ちに病気で治療が必要というわけではないのですが、弁尖が2枚のときには弁の開閉時にかなりの力が弁尖にかかり、長期的には弁が壊れやすくなるのです。そのために大動脈二尖弁の方はさまざまな年齢で弁が開かず狭くなる大動脈弁狭窄(きょうさく)症や、弁が逆流する大動脈弁閉鎖不全症(へいさふぜんしょう)を発症することがあります。武田さんの場合は前者だったわけです。
大動脈弁狭窄症の診断法・治療法
失神発作は極めて危険なサインです
大動脈弁狭窄症では当初、狭窄(註:狭くなること、血液が流れにくくなります)が軽いあいだはとくに症状もありませんし、問題もありません。しかし狭窄が進み小指の指先以下の大きさしか開かなくなると、次第に症状が出てきますし、心臓にも無理がかかり始めます。なにしろ左心室の出口が狭くなるため、それに打ち勝って血液を送ろうと、左心室は無理をします。その結果、左心室の壁は厚くなり、次第に本来の構造を失っていきます。
そして胸痛や心不全あるいは失神発作などが起こるようになると、1年間で約半数の方が亡くなるという危険な状態となります。突然死することもあります。こういう症状が出始めると油断なく専門医にご相談されることをお勧めします。それまでに心雑音などで異常を指摘された場合は、せっかくの早期診断を無駄にしないように、まずは専門医に相談し、今後の通院計画を立てることが安全です。
■診断: 診断は問診つまり患者さんのお話しを聴くことと、聴診で心臓の雑音が聴こえるとかなり見当はつきます。この時点では大動脈弁狭窄症の有無と程度がある程度わかります。さらに胸部レントゲン、心電図、心エコーで心臓の負担のかかり具合や弁の狭さの度合いが判ります。この時点で手術が必要かどうかなどもほぼわかります。手術までには心カテーテル検査やCT検査などを適宜行い、安全確保に努めます。
大動脈弁膜症は重症になると手術が必要です
■治療: 狭窄が軽いあいだは薬や塩分制限・運動制限などで対処できますが、重くなるとそれらでは危険回避はできません。手術によって硬く開かなくなった弁を、きれいに開閉する人工弁で取り換える弁置換術か、弁を修復する弁形成術が必要となります。いっぱんに硬くなった弁を修復するのは、心膜パッチなどの材料を使わない限り難しいことが多いですし、また長持ちもしにくくなります。そこで弁が硬いときには弁置換術が選択されることが多いです。武田さんの場合もそうでした。
機械弁の一例です。耐久性が特長です。
■機械弁: 弁置換手術のときに使う人工弁には大きくわけて2種類あります。金属でできた機械弁と、ウシやブタの弁を加工した生体弁です。機械弁はそれ自体100年の耐久性がありますが、その間、ワーファリンという血栓予防のお薬を飲み続ける必要があり、そのために毎月血液検査を受けて適正な効き具合であることを確認することが欠かせません。つまりかなり手間がかかるわけです。それでも老人では毎年1~2%の脳梗塞か脳出血がおこると報告されています。
生体弁の一例です。メンテナンスフリーが特長です。
■生体弁: 一法、生体弁は通常ワーファリンは不要です。通常というのは、心房細動などの不整脈があると、その不整脈に対してワーファリンが必要なことがあるという意味です。このおかげで、生体弁の患者さんの多くは毎月の検査などを逃れてのびのびと自由に、暮らすことができます。そのかわり生体弁は老人では10数年~20年、若者では10年程度の寿命しかなく、その後また手術で新たな生体弁を入れる必要があります。
TAVIの一例。将来、普及するものと考えられます
そこで患者さんのライフスタイルやご希望を聞いて、その患者さんに適したタイプの弁を選択するわけです。なお生体弁では将来の再手術のときにTAVI(タビと呼びます)と言われるカテーテル生体弁で体を切らずに新しい生体弁をもとの生体弁の中に入れること(バルブ・イン・バルブつまり弁の中にもうひとつの弁)ができるようになりつつあり、患者さんにとって朗報です。
大動脈弁閉鎖不全症の診断法・治療法
■診断: 先天性二尖弁による大動脈弁閉鎖不全症つまり弁の逆流が強くなると息切れや失神、胸痛などの症状が起こります。体が「揺れる」感じが出てきます。この場合も、問診や聴診そして上記の検査で診断がつきます。
■治療: 大動脈弁閉鎖不全症の場合は症状がでるころには左心室はうんと拡張つまり大きくなり、壊れてしまうことがあります。ちょうど伸びきったゴムが手を離してももとに戻らないように。こうなるまでに、手術で弁を治し、健康を回復されることを勧めますし、日米の学会でのガイドラインも同じ趣旨で作られています。心エコーなどで左心室のサイズや動きなどの情報から、あまり左心室が壊れるまでに手術を勧めるのです。
大動脈弁形成の一例です。いくつかの方法で弁のかみ合わせを適正化します。
■弁形成術と弁置換術: 二尖弁による大動脈弁閉鎖不全症の手術では患者さんの年齢によって手術法が異なることがあります。10代から50代ぐらいまでの若い年齢の場合は弁を修復して治す弁形成術を行うことがあります。これは弁膜症手術とくに弁形成手術の経験豊富な心臓外科医によってのみできる難易度の高い手術です。弁形成に不向きな弁状態のときや、60代以上の患者さんの場合は人工弁をもちいた弁置換手術が行われます。いずれも比較的安全性の高い手術です。とくに問題がなければ通常、手術のあと2週間ほどで退院できることが多いです。
■MICS(ミックス、小切開低侵襲手術):
MICSの大動脈弁手術の後の傷跡です。腕をおろすか正面から見るとほとんど見えません。早い仕事復帰が可能となります
比較的小さい皮膚の創で、通常の胸骨正中切開ではなく部分的に切開したり、場合によっては骨も切らずに大動脈弁を形成または置換する手術です。
この手術は狭い視野で確実に手術操作をすることが求められるため豊かな経験が必要です。
そのため一部の施設でのみ行われていますが、適切な術式の選択によって患者さんの苦痛の軽減や早期の社会復帰などが可能となります。
もうひとつの注意点・大動脈瘤の合併
上行大動脈瘤の位置と形を示します。これが二尖弁にしばしば合併するため注意が必要です。
先天性大動脈二尖弁で注意すべきことがもうひとつあります。それはこの病気はかつては単なる弁の病気と思われていましたが、現在は研究が進み、上行大動脈などにも病気があり壊れやすいことが判明しています。そのためしばしば大動脈弁膜症だけでなく、上行大動脈や大動脈基部つまり大動脈の根本が拡張し、いわゆる大動脈瘤となり、そのままでは破裂したり解離して壁が内外に裂けて命の危険に見舞われることがあるのです。
そこで大動脈二尖弁の患者さんには心エコーなどに加えて、CT検査などで大動脈の状態を調べ、ある程度以上大きくなっていれば、弁の手術のときに大動脈も一緒に治すことが必要です。人工血管で瘤の部分を取り換えたり、覆ったりして治すのです。これによって長期的に安全が確保されやすくなります。
まとめ
医師とくに専門医にご相談ください
以上、大動脈二尖弁にもとづく大動脈弁狭窄症、大動脈弁閉鎖不全症、そして大動脈瘤までを解説しました。健康診断などで心臓の雑音を指摘されたり、胸痛・息切れ・失神発作などの症状があればすみやかに医師にご相談下さい。油断さえしなければ治せる病気ですのでご参考になれば幸いです。
■参考サイト
心臓外科手術情報WEB…大動脈弁や大動脈の手術や治療、MICS手術に関する情報が得られます。