岩手県大槌町、
復興の現場からの声を聞いた

友人が岩手県大槌町の復興支援に取り組んでいます。大槌は盛岡から遠野を経て太平洋岸に至る遠野街道の終着地で、鮭や昆布、砂金などの産地として古くから栄えてきた街。東日本大震災では町長を始め、死者、行方不明者1300人余の被害を受けました。

その友人と電話で話していた時に、久しぶりに聞いた単語があります。ソーシャルキャピタル、日本語では社会関係資本と訳されています。似たような単語に社会資本がありますが、こちらは道路や水道など都市基盤を支えるハードな資本。そこに関係という一言が入ると、見えない資本になります。

教科書的に解説すると「社会組織の協調行動が活発化することにより、社会の効率化を高めることができるという考え方。その組織や地域にある共通の文化、信頼関係、社会規範やコミュニティ内や外部との社会的ネットワークを社会関係資本という」。となるそうで、なにやら難しそうです。が、非常に簡単に、多少の間違いを恐れずに言ってしまえば、人間関係のあるコミュニティは強いということになります。

伝統の踊りが育んだ人間関係が
復興への足がかりに

そのあたりを説明してもらえそうなイベントがあり、9月9日に参加してきました。日本社会事業大学専門職大学院で行われた東日本大震災特別講座です。聞いたのは午後からの2講座。最初は大槌町で自ら被災者でありながら、まごころひろばうすざわという復興の人の輪のための場を運営している臼澤良一さんの体験。以前はコミュニティと無関係だったという臼澤さんが被災で「人は一人では生きていけない、共に生きなくては」と思い、救援物資の量よりも人の心が支えになることを実感、交流場所を作っていく過程が語られました。

講座風景

日本社会事業大学文京キャンパスで行われた東日本大震災特別講座、2日目の様子。今回の写真はすべて同学社会事業研究所山口幸夫特任准教授にお借りしました

次の講座は私の友人である山口幸夫さんによるもの。四川大震災の復興の研究から、街によって復興のスピードが違うこと、それを左右するのが前述したソーシャルキャピタルの有無、強さだと考えていた山口さんは今回の震災ではいち早く現地に入り、400年の伝統を持つ鹿子(しし)踊りを介して、住民間が強いつながりを持つ、大槌町臼澤地区と出会います。

 

この地区では祭りへの参加者が100人を超すほどで、有志の寄付によって踊りなどの練習施設が自前で作られています。被災後には沢水を使った水道、プロパンガス、地元の農家から集めた米で早々に炊き出しを行なわれ、その後、施設は民間では唯一の避難所ともなっています。

伝統芸能の中には伝統を守ることが目的となり、限られた人だけが参加、伝統を変えることに拒否反応を示すものがありますが、臼澤地区では伝統は継承するだけでなく発展しなくてはいけないと、男女、世代、地域を越えた参加を実践し、地域への貢献を大事にしてきたといいます。そして、その祭りで培われてきた、暗黙のうちに役割を分担する、多くの人の意思を統一していくなどといったノウハウが避難所生活でも生きたと山口さんは説明しています。

例えば、避難所内での空間の作り方。誰が言うわけでなく、女性、子ども、年寄と男性の居場所は自然に分けられ、必要な人間には個室が与えられました。情報の不足から飛び交いだした流言飛語には確認できた情報を公表することで対処。することもなく、運動不足、だらだらと寝て過ごす生活には「朝起きたらラジオ体操をしようよ」という呼びかけが行われたそうです。

鹿子踊り

今回被災した地域には古くから伝わる祭り、踊りなどが存在する。写真は大槌町の鹿子踊り。最近では各地から招聘されることも多いそうだ

そして、祭りは復興への足掛かりにもなりつつあります。喪の時期に踊り再開はどうかという議論もあったようですが、5月1日には踊りの練習公開という形でイベントが行われ、テレビや新聞などに多数取り上げられることになります。皇室のご訪問などもあり、大槌の復興支援に世間の目が向き始めたのです。

 
これに力を得、踊りを復興させたいと考える集落が増え、その相談は同時にこれからの街作りを話し合う場にもなっていると聞きました。伝統の踊りを核にすることで、住民間の横のつながりが強く、太くなっていっているのです。東北の伝統芸能復興支援への基金も作られました。まだまだ先は長いものの、踊りをよりどころに、人々がつながり、力を合わせて復興への道のりを歩み始めているのです。

さて、翻って都会での暮らしを考えた時、この街にソーシャルキャピタルはあるのでしょうか。なす術もない、破壊的な自然の前で互いを支えあう人間関係、「見えない財産」はあるのでしょうか。震災を契機に考えるべき課題だろうと思います。



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