妊娠と糖尿病のサイエンス
絶食している体は、どうしても必要なブドウ糖を、大切なタンパク質を分解して作りだします。
しかし、糖尿病のある妊婦の場合はまったく条件が逆になります。血糖コントロールが悪くて高血糖が続けば、胎児は過食状態になって巨大児になってしまいます。胎児はどんどん入ってくるブドウ糖に対応して自分の膵島を大きくし、インスリンを大量につくって肥満していきます。
そして、出産と同時に母体からの大量のブドウ糖を断たれるため、新生児が重い低血糖から死に至る悲劇が、かつての糖尿病妊婦には起こっていました。
母体から胎児へ……ブドウ糖の流れ
このように、母から胎児へ、必要な量だけのブドウ糖を届けることが何よりも大切になります。ありあまるブドウ糖が送られることは、決していいことではありません。ひたすら成長する胎児は、母体のブドウ糖を受動的、能動的の2通りの方法で吸収していきます。
- 受動的な吸収……胎盤を通して間接的に母胎と胎児の血糖値を同じレベルにそろえること
- 能動的な吸収……母体の血糖値に関わらず、胎盤を通してブドウ糖を能動的に取り込むこと
自分でリカバリーできる時折の低血糖は、恐らく胎児を傷つけることはないだろう、という意見が一般的です。胎児は能動的にブドウ糖を取り込むことで、システム的によく守られているのです。
それよりも、妊娠に気づかないような初期の高血糖のほうが危険。胎児の主要な臓器である心臓、脳、腎臓などは、「妊娠週間」の第8週にはもう形成されています。妊娠初期のゴールは成長することではなくて器官形成ですから、この時期の高血糖は先天性欠損症のリスクを高めます。
糖尿病既往症の妊婦(妊娠糖尿病は含みません)の流産の頻度も高く、新生児の先天的異常のリスクも健常者の4~10倍も高くなるのも高血糖やケトアシドーシスのような糖尿病のコントロール不良によるものが多いのです。
妊娠後期の高血糖は前述のとおり巨大児のリスクを高めます。巨大児は肺機能が十分に発達していないので長い入院になることもあります。
その他のシステムへの影響
妊娠中は胎児に酸素や栄養素の供給、老廃物の排泄のための血液量が増えるので、妊婦の心臓に負担がかかります。「トレッドミルに9ヵ月間乗っているようなものだ!」という例えがあるくらいです。同様に腎臓も血液ろ過量が増えるので負荷が大きくなります。糖尿病腎症があれば悪化するリスクが高まります。また、血液量の増加と腎機能の変化は妊娠後期の高血圧を招きます。
糖尿病のある妊婦の18~30%は、20週以降に妊娠合併症の子かん前症(高血圧、むくみ、タンパク尿を特徴とする)を起こすというデータがアメリカにあります。これも入院が必要となります。
糖尿病のある人、明らかな糖尿病が見つかった人は経験豊富な大学病院などで治療、出産を検討したほうが安全ですね。妊娠以前の注意深い血糖コントロールは先天性異常をドラマチックに減らしてくれます。コントロールがよければ先天性異常のリスクは健常者とほぼ同程度の5%になるそうですから、万全の準備をすれば糖尿病があっても妊娠の夢はかなえられそうです。
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