血糖コントロールが良ければ細小血管合併症は防げる
もっとも有名な大規模臨床試験は、1977年から1991年にかけてイギリスで行われたUKPDS(United Kingdom Prospective Diabetes Study)です。この研究は、糖尿病と診断されてすぐの患者さん5,102人を対象に、血糖値をどの程度まで下げてコントロールすれば合併症を抑えることができるのか?という疑問の答えを導く目的で行われました。この研究では、患者さんを、食事と運動という従来どおりの治療を受ける群と、薬もしくはインスリンを使用してHbA1c7%(日本での6.5%)を目指した強化療法を受ける群との2つに分けて治療し、その後を追跡しました。その結果の報告では、強化療法を受けた患者さんでは細小血管障害、すなわち、糖尿病による腎症や網膜症、神経障害の進行を有意に抑えることができることが示されました。同様の結果は、日本人を対象とした熊本スタディでも得られています。この研究では、110人のインスリン療法中の2型糖尿病患者を対象に、通常のインスリン療法を続ける群と、注射回数を多くすることによってHbA1c6.5%未満に厳格にコントロールする群とに分けて検討し、やはり強化療法によって細小血管障害を抑制できることが示されました。
これらを始めとした多くの研究の結果から、糖尿病の病歴の長さに関係なく、どのような方法であっても、血糖値をある値以下に下げることで細小血管症は抑制できると考えられています。
血糖コントロールが良くても大血管症は防げない?
しかしながら、UKPDSでは心臓血管死や総死亡の確率は治療によって差がなかったことから、それではいったいどの程度血糖値を下げれば心臓血管死が減少するのか、という疑問が残ってしまいました。「血糖コントロールを厳格に行えば大血管症(心筋梗塞などの虚血性心疾患や脳梗塞)を抑制できるのか」という疑問のもと、他にもいくつかの大規模臨床試験が行われましたが、どの試験でも、厳格な血糖管理が大血管症の発症を抑制することを示すことができませんでした。それどころか、そのなかの1つの試験では、むしろ強化療法を行った群で死亡率が増加したため、試験が途中で中断となってしまいました。
そこで、血糖はむしろ良すぎないほうがいいのではないか?という声があがりました。しかし、その後の詳しい解析によって、強化療法の患者さんの多くがインスリン注射や、インスリンの分泌を促す薬を使用しており、重篤な低血糖や肥満が多かったことがわかりました。過剰なインスリンは動脈硬化を促進することや、低血糖によって不整脈や血管内プラークの破錠が引き起こされることは知られています。また、体重増加も大血管症のリスクですので、これらが死亡率の上昇につながったと考えられました。
また、その後の研究では、強化療法を行うにしても、インスリンの効きを良くする薬剤や食後の血糖上昇を抑える薬を用いた場合には、大血管症を抑制できることが示され、大血管症は血中のインスリン濃度を上げずに血糖を下げるほうが効果が出るようだということがわかってきました。さらに、強化療法群では、罹病期間が15年を超えると大血管症の発症が上昇するという結果も得られました。
以上より、血液中のインスリンを増やし過ぎずに血糖を下げることが大切で、とくに罹病期間の長い患者においてはとにかく低血糖を起こさせないようにすることが大事であると考えられるようになりました。
早期の頑張りが後まで効く「遺産効果」
早期から厳格な治療を選ぶことで長期的な効果が得られることが示されました。
早期に大血管症の抑制効果を認めなかった他の研究でも、その後の長期フォローアップでは、大血管症の発症の低下がみられました。このことは、糖尿病発症の早期に厳格な血糖コントロールを行ったことが、長年の後に良い効果をもたらしたことになり、遺産効果(legacy effect)と呼ばれています。
このことから、糖尿病を診断されたら、まだ軽いからなどと言わずに、早期から厳格な治療を開始することが、その後の合併症の予防には効果的であることがわかりました。
生活習慣病はすべての管理が大事
生活習慣病は複数のものが合併して起こりやすいのですが、それによって動脈硬化のリスクが大きく増加します。例えば、収縮期血圧が上昇するごとに心血管死が増加しますが、さらに糖尿病を有している方が、その心血管死の増加が急峻であることがわかっています。逆に、血糖を厳格にコントロールするだけでなく、血糖に加えて血圧も厳格にコントロールすると、心血管リスクが大幅に減少することが示されています。ですから、複数の生活習慣病を持つ患者さんはすべての疾患を管理することが大切なのです。最近では、睡眠不足が血糖値や血圧を上げることなども注目されており、食事、運動だけでなく、睡眠も合わせて、生活習慣の改善をしていくことを考えていきましょう。