「アキレス腱断裂」とは……アキレス腱を切ると歩行も困難に
断裂したアキレス腱 アキレス腱は踵のすぐ上にあります
今回は実際の30歳の患者さん(Aさん)のケースを元に、解説をしてみたいと思います。アキレス腱断裂の症状、診断、治療方法や治療期間、手術、手術費用、リハビリなどについて、理解を深めて下さい。
<目次>
アキレス腱断裂の症状…音と激痛で気付くことがほとんど
Aさん「趣味でやっているテニスの練習試合中、ボレーでジャンプをした瞬間にバチッという音が右下腿のあたりから聞こえ、激痛が走りました。その場でうずくまってしまい、しばらく休みました。5分間ほどで痛みはすこし軽くなりましたが、歩いてもぎごちなく、右足のつま先で立てなくなりました。痛みも残っています」。ほとんどの人が音と激痛のため、「踵を後ろから蹴られた感じ」「打たれた感じ」と表現します。実際には他の人や物との接触はありません。この症状はアキレス腱断裂に特徴的な症状ですので、その場で診断がつきます。
次に、下腿後面の踵のすぐ上の部分をよく見ると、断裂した腱の間が陥凹してできた「くぼみ」がわかります。断裂後に時間が経過して、下腿後面が浮腫となり腫れがでてくると、このくぼみは消失するので注意が必要です。
断裂したアキレス腱をよく観察すると皮膚のくぼみがわかります
アキレス腱断裂の診断・検査費用……レントゲンや筋肉を掴んで診断
足関節の制限があるため、レントゲンを撮影しますが、骨の異常は認められません。■単純X線(レントゲン)
Aさんが大学病院で撮影した単純X線写真。こちらでは異常はありません。
足関節X線 正面像 異常は認めません
足関節X線 側面像 異常は認めません
単純X線写真は放射線被爆量も少なく、費用もわずか。その場で撮影も終了し当日説明をうけられるので、整形外科では必ず施行します。
■アキレス腱断裂テスト(Simmonds' test)
診察台に顔を下にむけてうつぶせに寝てもらい、下腿後面の筋肉を医師が掴みます。筋肉を掴んでも足が動かない場合がテスト陽性で、断裂がある状態です。
下腿後面の筋肉を医師が手で掴んでも 足は動きません
必要があれば超音波、MRIを行い、断裂した腱の状態を正確に把握することもあります。Aさんは完全にアキレス腱が断裂している状態でしたので、レントゲンだけの診察で1万円の費用でした。
アキレス腱断裂の原因…久しぶりの運動の再開で発症することも
突然のジャンプなどの足関節の屈曲、伸展で発症します。それ以外のアキレス腱に対する直接の外力で発症する場合も稀にあるようです。また別の原因として考えられているのが、特定のスポーツを長い間休み、アキレス腱を使用しないでいた状態で、突然スポーツを再開した場合。萎縮したアキレス腱に対して過度の力がかかることにより発症する場合があります。スポーツを再開する際は、徐々にアキレス腱に負荷をかけたほうが安全と思われます。
その他、抗菌薬の1種類でニューキノロン系とよばれる薬(バクシダール、タリビッド、クラビット、シプロキサン、ガチフロ、スオード、アベロックスなど)、ステロイドの内服、ステロイドのアキレス腱への注射がアキレス腱断裂の原因として報告されています。ニューキノロンは経口薬で、風邪や扁桃炎などでよく処方される薬ですので、注意が必要です。
アキレス腱断裂の治療法……手術療法・保存療法・リハビリ
基本的に保存治療と手術治療の2つがあります。■手術療法
皮膚を切開して直視下に腱を縫合する方法と、最小限の切開で腱を直接見ない状態で縫合する2種類の方法があります。詳しくは下の「アキレス腱断裂の手術」にて解説しています。
■保存療法
以前はギプスを8週間つけて、それからリハビリを開始する方法が主流でしたが、治療期間が長い上に治癒後の再断裂も多いとされていたため、整形外科医が選んだ患者に対しては手術を行い、手術に適さない老人や、内科的に合併症のある人に対して保存療法を行っていました。
しかし、保存療法も2週間でリハビリを始める早期運動療法がひろまり、長期成績が良好であることがわかりました。
そこで、手術が本当に必要であるのかという大きな疑問が出てきました。この疑問に答を出したのがニュージーランドの整形外科医で、2007年にアメリカの雑誌に報告されました。この報告ではくじ引きによって手術群と非手術群に割り振りを行い、両群とも早期にリハビリを行いました。足関節可動域、下腿周計、筋肉骨機能評価スコア、アキレス腱の再断裂、合併症を1年間にわたり調べた結果、手術群と非手術群で全く有意な差がでませんでした。
この結果から、それまでのリハビリは8週後に開始していたため、早期にリハビリを開始できた手術にくらべ、成績が悪かったと解釈できます。もう一つの解釈は、くじ引き試験以外は、手術する患者は良好な治癒が期待できる人にだけ行うというバイアスが入っているために成績がよかっただけであるという解釈も成立します。
この報告の結果は他の国でも続々と試験が行われ、同じ結論がでました。いずれにしても早期にリハビリを開始できれば、手術を行う意味は全くないので、アキレス腱断裂の治療は「手術を行わないで早期にリハビリを行うこと。」ということになりました。アキレス腱断裂に対して早期リハビリを行っている病院を受診して下さい。手術は必要ありませんが、昔ながらのリハビリでは治療期間が長くなりますし、筋力の低下や腱の癒着も生じて、機能が悪くなりますので。
アキレス腱断裂の手術法・入院なしの通院でも可能
Aさんは、救急車で運ばれた大学病院でこの早期リハビリを説明されましたが、家族親戚と話し合いの中でやはり手術の方がよいという結論を出しました。仕事が立ち仕事でリハビリ中は休職することになるので、手術によりすこしでも早く職場に復帰できればと考えました。親戚の整形外科医(開業医)からも「年齢が若いので手術した方がよいのでは」とアドバイスを受けました。正しい意見が世の中に浸透するには時間が必要なようです。■アキレス腱縫合術
大学病院から紹介を受けて民間病院の整形外科で手術をうけることになりました。ベッドの空いていない病院で入院が難しかったため、通院で手術を受けました。
局所麻酔なので、アキレス腱の部位に直接注射を行い、皮膚を5cmほど切開し、直視下にアキレス腱を縫合します。手術時間は30分間でした。手術費用は麻酔を含めて3割の保険負担で3万円でした。
皮膚を切開した後に 断裂したアキレス腱を縫合します
術後の経過……ギプス・松葉杖・装具の使用も
術後は松葉杖とギプス固定を2週間行いました。2週間で抜糸。その後硬性短下肢装具を使用して歩行が可能となりました。短下肢装具 プラスチック製で硬いのが特徴です
Aさんは大学病院で手術の必要性がないと説明されたにもかかわらず、手術を受けました。以前の知識では手術が正しいとされていましたのでこれもしかたのない判断かもしれません。しかしながら術後の注意が不十分で再断裂が発生しました。手術を受けても受けなくても稀に再断裂が起こりますので注意が必要です。
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