訪れる人がとだえて

3月11日、益子を襲った地震は震度5強。スターネットの中核をなす「山の食堂」の壁の一部が崩落し、大事なうつわの数々が破損するなどの被害がありましたが、なによりもお店の根底をゆるがした深刻な問題は、その日を境にして益子を訪れる人がぱたりと絶えてしまったこと。

日本中が非常事態一色に染まり、首都圏に住む私たちにも精神的余裕はありませんでした。

1階左手、スターネットフーズのストアの棚には、時を経たコーヒーミルも並んでいます。

1階左手、スターネットフーズのストアの棚には、時を経たコーヒーミルも並んでいます。

福島原発から益子までの距離は約130km。まだ事故の規模が誰にも把握できなかった3月当時、もし避難勧告が益子にも及んだら——そんな強い危機意識のもと、関西での物件探しが急ピッチで進められたのです。

「スターネットに関わっているのが馬場と私たちスタッフだけであれば、いったん休止すればいいのですが、つくり手たちの作品をお預かりしていますから」

そう話してくれたのは益子のスターネットで活躍後、スターネット東京の店頭に立ち、そして現在は大阪でカフェを担当、「スターネットのお茶だし係です」と笑うはったえいこさん。

物件さがしスタートから開店まで、わずか6週間の奇跡

古いガラス瓶のうしろの壁に、水色の「gallery」の文字をみつけました。

古いガラス瓶のうしろの壁に、水色の矢印と「gallery」の文字をみつけました。

大阪、神戸、京都。関西の新スターネットの候補地はいくつもあり、商業的にはもっと立地条件の良い物件にも出会ったそうです。

しかし馬場さんはあえて、昔ながらの下町の空気が漂う裏通りで案内された築50年以上のビルを選びました。理由のひとつは、それが知人Kさんが祖父から譲りうけて愛着を抱いていた建物だったから。

祖父の記憶につながる建物を馬場さんに託したKさんも、ぎりぎりのタイミングで進行していく手続きや工事に関わった多数の人々も、すでに益子のスターネットの素晴らしさを知っていて、その真摯なものづくりの姿勢や生きかたに共感し、大阪への出店を歓迎する人々ばかりでした。

そして4月23日、奇跡のような速度でスターネット大阪が誕生したのです。
入口では益子の古い石蔵でつくられるPANEMの薪窯焼きパンが迎えてくれました。

入口では益子の古い石蔵でつくられるPANEMの薪窯焼きパンが迎えてくれました。

▼それでは、店内へご案内します。