糖尿病/糖尿病の経口薬・インスリン

癌・アルツハイマー…糖尿病薬メトホルミンの可能性

新薬開発でしのぎを削る医薬品業界で、50年以上も使われているメトホルミンは時代遅れでしょうか? いいえ、そうではありません。医師たちは糖尿病以外にも、ある種の癌、アルツハイマーにも使える可能性を感じ取っています。

執筆者:河合 勝幸

ガレガソウ

このガレガソウを出発点としたメトホルミンは、第2の「アスピリン」になりそうです。

新薬開発でしのぎを削る医薬品業界で、50年以上も使われているメトホルミンは時代遅れでしょうか? いいえ、そうではありません。医師たちは糖尿病以外にも、ある種の癌、アルツハイマーにも使える可能性を感じ取っています。

柳の樹皮から見つかったアスピリンが、100年以上もかけて次から次へと新しい薬理作用を見つけてきたように、野草のガレガソウが元になったメトホルミンも、驚異の薬になるのかも知れません。
大きな期待に応えられるかどうかは、まだ明らかではありませんが、研究者たちは楽観的です。

メトホルミンは血糖降下薬と言うより「抗高血糖薬」

健常者がメトホルミンを飲んでも血糖値はほとんど下がりません。インスリン分泌を強める薬ではないからです。単独で服用すれば2型糖尿病患者も低血糖にはなりにくいのです。

メトホルミンは2型糖尿病患者が肝臓から健常者の3倍もブドウ糖を放出しているのを正常に戻し、筋肉のインスリン抵抗性を改善して高血糖を下げるのです。インスリンの作用を強める薬ですから、ある程度のインスリンの存在が必要です。

ですから、インスリン治療の人もメトホルミンを使うことがありますし、インスリン分泌を促進するSU薬とも相性がよく、欧米ではいろいろのタイプの糖尿病経口薬と配合して一つの錠剤になったものが使われています。こうすれば安価ですし、飲み忘れも少なくなります。

日本でもインスリン抵抗性を軽減するチアゾリジン薬のアクトスとメトホルミンを配合したメタクト配合錠が昨年から処方されています。糖尿病だけでなく、メタボにも最適の薬のように思えます。

メトホルミンの効果は朝の空腹時血糖値で確認できる

メトホルミンは肝臓の糖新生を抑えると説明されても、患者にとってどんなふうに何に効いているのか実感できません。

メトホルミンの抗高血糖の効果は朝の空腹時血糖値が下がることで分かります。インスリンを増やす薬ではありませんから、食後血糖値への直接的な効果は小さいのです。もちろん、1~2ヵ月後のヘモグロビンA1Cにも表れます。

早朝空腹時血糖値が110~275mg/dl(A1C換算では6.6~11.5%)の2型糖尿病に効果があり、メトホルミン向きの肥満者の多いアメリカの治験では、空腹時血糖値が平均55mg/dl、A1Cでは1.5%の低下が報告されています。1日の平均血糖値が30mg/dlぐらい下がれば、A1Cが1ポイント・パーセント(%)小さくなることを憶えておいてください。

抗高血糖以外のメトホルミンの効果

肝臓の糖新生の抑制も、言葉を変えればインスリン抵抗性の軽減です。そのため、メトホルミンはインスリン抵抗性が引き起こす一連のメタボリックシンドロームに効果があると言えます。

  1. 早朝空腹時血糖値を下げるに伴って、空腹時の高インスリン血症を減らす
  2. SU薬のように太ることがなく、減量しやすくする
  3. 糖尿病予備軍が糖尿病に進むことを減らす。2型糖尿病の血糖コントロールを改善する
  4. 2型糖尿病に多いLDLコレステロールや中性脂肪などの脂質異常を軽減する。既に正常範囲の人には影響を与えません。HDLコレステロールを少し上げる
  5. 肥満者、2型糖尿病者によく見られる血の固まりやすさを低減する。英国で行われた前向き糖尿病大規模研究(UKPDS)で、同じレベルのA1Cならメトホルミングループの方がインスリンやSU薬グループよりも大血管症の発症数も死亡数も少なかった。
(残念ながら高血圧に関してはメトホルミンの作用は発見されていません。)

癌、アルツハイマー治療でも期待されるメトホルミン

糖尿病以外のオフラベル処方ですが、欧米では既にPCOS(多嚢胞性卵巣症候群)にメトホルミンが使われることがあります。これは女性のインスリン抵抗性と2型糖尿病に関連が深いホルモンの異常症で不妊の原因の一つです。

メトホルミンの減量効果はそれ程強いものではありませんが、メトホルミンを48週間服用した思春期の肥満少女が健康に役立つ程度には減量できたという論文が昨年2月に発表されました。

今日、一番刺激的な話題はメトホルミンが「癌の幹細胞を殺す」というニュースでしょう。ハーバード大学、医科大学院のKevin Struhl PhD.が発表したものです。博士は糖尿病ではなく、癌の研究者です。

癌遺伝子を研究していたら、2型糖尿病の遺伝子とオーバーラップするものがあったので、試しに乳がん細胞に糖尿病薬を作用させてみたのです。なんと、メトホルミンが一番効果がありました。そこでヌードマウスで実験したところ、ヒトの乳がんの幹細胞をメトホルミンが殺すエビデンスを得たのです。

がんの幹細胞は化学療法に頑強に耐えるものですから、それにメトホルミンが有効ならば併用できるので素晴らしいことです。なんと言っても安価で、安全性は立証済みなのですから。

別の研究では肺がんにもメトホルミンが効くという発表があります。いずれも動物実験の段階ですが、同博士によるとがん患者にメトホルミンを投与する治験がカナダ、イタリア、ニュージーランドで進行中だそうです。わずか3ヵ月前には、ドイツからメトホルミンがアルツハイマー病のタウタンパクを修正できる可能性が発表になりました。

一錠(250mg)が10円もしない、このちっぽけなメトホルミンの新たな作用の発見は今後も続きます。メトホルミンの本当の秘密は、人体の細胞にあるAMPKと言う酵素を活性化することにあります。

皆さんは運動をすると、筋肉はインスリンが無くてもブドウ糖を取り込むことができることをご存知でしょう。メトホルミンの作用と同じなんですよ。

次回はこのAMPKの解説をしましょう。

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