マレーシア/ボルネオ島

クチン/マレーシア・ボルネオ島(2ページ目)

羽田からアプローチできるマレーシアのボルネオ島の都市、クチン。かつて英国人が統治していた歴史や多くの民族が暮らすバックグラウンドが投影された街です。少し足を延ばせば、オランウータンなどの貴重な動植物が暮らす熱帯雨林や、昔ながらの暮らしを伝える先住民族に出会えます。ユニークな魅力が詰まった街、クチンを紹介します。

古関 千恵子

執筆者:古関 千恵子

ビーチガイド

クチンはマレーシア最大のサラワク州の州都

マレーシアには13州がありますが、そのうち最大面積を誇るのが、ボルネオ島のサラワク州。この州のキーワードをあげるとすると、「オランウータンなどの珍しい野生動物」、「昔ながらの暮らしを伝える少数民族」、「かつて英国人が統治していたホワイト・ラジャ(白人王)時代」。自然・文化・歴史どれもがユニークで、半日など気軽に体験できるレベルから本格アドベンチャーまで、滞在日数や要望によってチョイスすることができます。

ボルネオ島のもうひとつのマレーシア領、サバ州はこちら>>>サバ州/ボルネオ島

ホワイト・ラジャ時代と近代がまざりあう都市、クチン

マレーシアのクチン

ホワイト・ラジャ時代に建造されたノルマンディのタウンハウスをモチーフにしたサラワク博物館

サラワク州の州都、クチン。街の中央に蛇行するサラワク川が滔々と流れ、この川を軸に街が形成されています。川を境に北がマレー系の北市、南側が商業地区で中国系の人々が暮らす南市。人口は55万人を抱える都市です。

市内には英国ビクトリア調の建造物があれば、モスクの流線形を描く屋根が見え、パステルカラーの長屋様式の商店が連なるかと思えば、近未来的デザインのビルが空を突く……あらゆる時代の建物がエリア分けされながら同居。街を散策するだけでタイムトリップを何度もする感じとでもいうのでしょうか?

そんなクチンの歴史は、まるで映画のようにドラマティック! 実際、ハリウッドも映画化に乗り出したけれども、諸事情から頓挫したとの話もあります。19世紀初頭、ブルネイ王国の統治下にあったこの地は、海岸線では海賊、内陸ではイバン
族の脅威がありつつも、平和でした。それが1836年に反乱が起こり、独立を宣言、ゲリラによる不穏な時代に突入。その時、やってきたのが英国の冒険家ジェームズ・ブルックでした。

東インド会社の仕事でシンガポールへ訪れていたジェームズ・ブルックはサラワクの話を聞き、興味を持って訪れたのが折しも騒乱の時。族長たちは彼に反乱を鎮めるよう頼み、みごと成し遂げた彼が領地を譲りうけることになりました。以来1841年から三代にわたり100年間、ホワイト・ラジャ(白人王)時代が続くことになります。当時のビクトリア調の壮麗な建物はサラワク博物館やイスタナ(王宮)、最高裁判所などとして今も現役で利用されています。

マレーシアのクチン

”猫”という意味のクチン。街のあちこちに猫のモニュメントが

ちなみに、クチンとはマレー語で「猫」を意味します。名前の由来はほかにも、中国語の「港」を意味する“コチン”やこの一帯がフルーツの「竜眼」(“マタ・クチン”)が豊富だったことからとする説もありますが、やっぱり猫のイメージが濃厚。街のランドマークに巨大な猫の像が建ち、猫博物館もあります。毎年8月第一週目の土曜日には猫の仮装行列「クチン・パレード」も開催。猫好きにとっては、ベルギーの猫祭ほどではないけれども、一度は行ってみたくなるイベントなのでは?

クチンで行くべきスポットはこちら>>>クチンの観光・グルメスポットクチンのホテル

 
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