私の友人で、エグゼクティブコーチングを手がけている女性経営者がいます。彼女はあちこちから講演やプロジェクトの依頼がひっきりなしで、営業しなくても常に仕事でスケジュールがいっぱいです。

また、司会業をやっている友人も、やはり様々なイベントに招かれ、全国を飛びまわる日々が続いています。彼もやはり、営業などほとんどしておらず、紹介で仕事が舞い込んできます。

そんな彼らの共通点は、GNP活動がうまいということです。これは、義理・人情・プレゼントの頭文字をとったものですが、もともとは保険のセールスレディの営業手法を揶揄した呼び方です。しかし、やはり人間の感情に届く、かなり強力な方法のようです。

GNPのG=義理とは

彼らは、自分の利益にならなくても、目の前の小さなお金にこだわらず、相手を立てようとします。例えば、パーティーやイベントに誘われたら、快諾し、必ず参加します。

先日も、私の知人のイベントに、大手飲食チェーンを展開する社長が、スタッフを10人も引き連れ、花束まで持ってきてくれました。おそらく彼にとっては、イベントへの参加も、重要な仕事の一部として組み込んでいるのでしょう。主催した知人の女性は、大感激していました。

反対に、参加の約束をしておきながらドタキャンする人もいて、彼女は、「お仕事で忙しいのはわかるけど、ほかにも参加したいという人を断ってまで席を確保しているのに・・・・」と、かなりショックだったようです。おそらくドタキャンした人は、二度と彼女からのお誘いはかからないのではないでしょうか。

これは主催者側になってみるとわかるのですが、イベントは座席の確保や料理の注文などで、事前の人数確定が非常に重要です。にもかかわらず、当日にキャンセルしたり、連絡もなくドタキャンしたりする人は、相手のことをその程度にしか考えていないということがわかってしまうのです。

そう、義理を果たすというのは、約束したことはきちんと守るということです。この当たり前のことが、いかに難しいか・・・反省。。

GNPのN=人情とは

人情というと古臭いと感じるでしょうか。しかし、人間の本質は数千年も変わっていませんから、人情があるというのは、それだけでアドバンテージです。古今東西、人情味溢れる人は、つねに人の輪の中心にいます。

ただ、人情というと抽象的なので、もう少し具体的に言うと、「助けてあげる」「手伝ってあげる」ということです。もし自分の仕事が終わったら、同僚の仕事を手伝う。他部署でクレームが発生し、対応にてんやわんやだったら、自分の部署は関係ないなどと思わずサポートしてあげる。もちろん、助け損になることもありますが、いちいち気にしない。利用されたと感じたら、何も言わずサッと身を引き、距離をとるだけです。不平不満すら言いません。

こういうことが自然にできる人というのは、本当にすごいと思います。どうすれば人情味溢れる人物になれるのか、私自身も答えを持っていませんが、ちょっとキザな言い方をすると、ベースは相手に対する愛なんだろうなあ、と思います。

GNPのP=プレゼントとは

先ほどの花束を持って現われた経営者ではありませんが、人を巻き込むのがうまい人は、プレゼントもうまいように感じます。

友人の家に招かれて、手土産を持っていく人と、手ぶらで行く人がいます。パーティーに招待されて、花束を持っていく人と、何も持っていかない人がいます。どちらに感謝と親近感を感じ、記憶に残るかというと、言わずもがなでしょう。

また、プレゼント選びは、とても難しいものです。相手の好みや立場、金額などを考え良い品を選ぶ、想像力とセンスが問われるからです。

ちょっとシチュエーションは異なりますが、昔聞いた話です。同僚の結婚披露宴に参加したときの引き出物が、なんと二人の写真がプリントされたお皿で、もらった人は「こんな皿をもらって、何に使えっちゅーんじゃ!」と嘆いた、というものです。

また、友人の女性は、男性の知人からジュエリーをプレゼントしてもらったそうですが、「恋人でもない人からこんな高額なプレゼントは困る」と、逆に困惑したそうです。相手のことを考えないプレゼントは、お金を使って評判を落とすようなものだなあと感じました。

そういえばちょうど昨日、あるお客様の契約があったのですが、そのお客様から、今回の契約に携わった当社の社員3名分のお土産をいただきました。中身は、地元名産のイチゴを使ったワインとケーキでした。実はそのお客様は栃木在住で、地元名産のお土産を選んでくださったのです。そして私がお酒好きだということも知っていて。そのセンスと心遣いに、とても豊かな気持ちになりました。

GNP活動ということで紹介してきましたが、これらは私自身も難易度が高いと思います。しかし、業績が伸びている企業には、伸びている理由があるように、一流であり続ける人物というのもやはり、一流であり続ける理由がある、ということを痛感します。

ということは、三流の人というのは、三流である理由があるということです。その差は、こういう小さなところに出るのかもしれません。
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