観念が強迫的になってしまう時
不快な観念が強迫的にならないように無意識に心は守られていますが、防衛が十分でない時もあります
私達には何か不快な考えが思いがけず浮かぶ瞬間があると思います。それは自分に対して何か危害が加えられるイメージであったり、バイ菌や汚れに対する恐れや、性的、暴力的な衝動であったりします。多くの場合、こうした考えやイメージは一時的なもので、すぐ忘れてしまいますが、場合によっては、絶えず、頭の中に浮かんでしまう「強迫観念」になってしまう場合があります。

強迫観念は不安な気持ちを湧きおこし、それから逃れようとして、不合理な行為を選び易くします。今回は強迫観念とそれに伴う強迫的な行為が特徴である「強迫神経症」についてお話したいと思います。


不十分な心の防衛が強迫神経症へ

私達は不快な考えやイメージが心の中に顔を出した時、無意識に心を守っています。例えば、釘や針など先端の尖ったものを見た時、それが自分に刺さってしまうイメージが浮かんでも、大抵はその場限りで、すぐ忘れてしまいます。これには、心理学で言う、分離(isolation)と呼ばれる、防衛機制が働いていて、刺さってしまうイメージに伴う不安や恐怖感を切り離して意識に上らないようにしています。

しかし、時には、不安や恐怖感を完全に意識の外に追いやる事ができず、それらを軽減させる為に、ある種の儀式的な行為が必要となる場合があります。どのような行為が取られるかは、各人によるのですが、一旦、ある種の行為が不安や恐怖感を軽減させる事が学習されると、それらが生じる度に、その行為が繰り返し行われるようになります。

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