かつてはクリーニング屋さんとして使われていた小さな古い建物。 |
スコーンとビスコッティの幸福
みどりの指(グリーンフィンガー)と呼ばれる人々がいる。その人が世話をすれば植物が不思議なほど元気に育つという、園芸の才能に恵まれた人のことだ。歩粉の店主、磯谷仁美さんの場合は、たぶん神さまから「きつね色の指」を授かったのだと思う。彼女の手にかかると、素朴な焼き菓子がみな輝くばかりにおいしくなってしまうのだ。
中目黒のカウブックスは、磯谷さんの焼くビスコッティを本やコーヒーと一緒に店頭に置いている。理由はシンプルに「これまでに食べたビスコッティの中で一番おいしいから」。私もまったく同感。ざくざくした全粒粉のスコーンも最高だ。
できるだけ体に優しい素材を選んでお菓子づくりをする磯谷さんは、ビスコッティやケーキにベーキングパウダーを加えない。そのぶん粉がぎゅっとつまって稠密な食感が生まれ、粉本来の滋味が強く感じられる。
窓辺の小さなカウンターは、ひとりで訪れたお客さまのために。 |
歩粉を開くまでの物語
彼女が恵比寿にお店を開くまでの物語は、まるできつね色の指に導かれてきたようだ。学生時代に大阪の名店カンテグランデでアルバイトをしたことが、物語の起承転結の「起」にあたる。その後さまざまな場所で学んだことが、東京の有名オーガニックレストランでいきなりデザートづくりをひとりでまかされるという「承」へと彼女を導いた。
そこからインターネット上でお菓子を販売するという「転」が生まれ、一年後に恵比寿に歩粉を開くという「結」へと急展開していく。
転機のたびに「始めてしまったからにはとにかくやらなくちゃと、もう必死で(笑)」努力してきた磯谷さん。いつも足もとを照らしていたのは、彼女がつくるお菓子の輝きそのものだった。