インスリン
インスリン注射をむやみに怖がる患者と、インスリン治療にあまり自信のない医師の組み合わせではどんな結果になるか想像がつきます。常に後手に回りますね。日本の糖尿病患者で血糖管理の良好な人はわずか16%です。残りの84%の人は不十分であり、不良なのです。そして糖尿病患者の95%はインスリン分泌能力が年々減少する2型糖尿病です。加齢に伴っていずれ十分に分泌できなくなれば、インスリン注射で補充すればいいことをまず頭で納得しておいてください。インスリン導入は自分の努力不足ではなく、糖尿病の自然歴(Natural History)の流れとして受容してください。
日本には十分な統計がないのでアメリカ疾病対策センターのデータ(2006年)を引用しますと、アメリカでは1型、2型を問わずインスリンのみで血糖管理をしている患者は14%(220万人)、インスリンと経口剤を併用している患者が13%(約220万人)、経口剤のみが57%、薬を使わないで食事と運動療法のみの患者が16%です。
日本人と多民族国家のアメリカでは病理・病態が同じではありませんが、人口比でみてもインスリン治療が30万人とはやはり少な過ぎるようです。
インスリンが嫌悪されるのはなぜ?
医師から「インスリンを使いましょう」と言われてためらう人が多いですね。インスリン自己注射のイメージは未知ゆえに怖いものですし、病気が悪くなった!という打ちのめされた感覚も共感できます。そのため、糖尿病と初めて診断された時点で自己血糖測定の採血とペン型インスリンを患者に体験させておいて、ちっとも恐れるものでないことをインプリント(刷り込み)してしまおうという提言がアメリカにあります。
とても大切なことだと思いますよ。
医師が何と言おうと断固としてインスリン治療を拒否していた男性を知っています。その人は、一度インスリンを始めたらやめられないからいやだ!と言い張っていました。まるで麻薬みたいなイメージです。
たしかに日本では1999年以前はインスリン依存型糖尿病とかインスリン非依存型糖尿病という分類を使っていました。「依存」というとドラッグの印象がありますが、同じ漢字文化の中国では「依頼」という言葉を使います。1型糖尿病を"インスリン依頼型糖尿病"とすればイメージが正確になりますね。1型糖尿病は急速にインスリン分泌能力を失いますから、生存のためにはインスリン注射が不可欠なのです。
インスリンは神様からのプレゼント!
2型糖尿病が進行したためにインスリンの補充が必要になった人は、インスリン非依存型糖尿病からインスリン依存型糖尿病になったわけではありません。このような誤解が世界中にあったので、「依存」という言葉を使わないことにして、病態つまりインスリンを使うか使わないか、ということではなく、病気の原因によって糖尿病を分類することにしたのです。つまり、1型糖尿病と2型糖尿病、妊娠糖尿病、その他の糖尿病です。
インスリンを分泌するすい臓のベータ細胞は、あまり血糖が高いと十分に反応しなくなります。ですから診断時に糖毒状態を治療するために一時的にインスリンを使うことがあります。医師から説明がありますから、このような人はそんなに驚かないでください。インスリンで血糖を下げて、食事の負荷を軽減すれば経口剤で間に合うか、あるいは食事療法と運動療法だけでかなりの年数はしのげるようになります。
「インスリンは神様からのプレゼント」というのが私の口癖です。次回は1921~1922年のインスリン発見のドラマをご紹介しましょう。