(記事掲載日/2008.6.8)

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逸脱行動論とラベリング理論

逸脱行動論
逸脱行動は社会が生む?
ラベリング理論は、逸脱行動論のなかから生まれてきた理論です。

逸脱行動、つまり犯罪や非行、売春、薬物中毒など、社会規範に反する行動をいいます。ただし、これは普遍的なものではなく、かつては逸脱行動とされていたが今ではそうではないものとして離婚などがあります。

また、同性愛については時代だけでなく国や地域、宗教、さらには個人によって、逸脱行動かそうでないかわかれてしまうものです。つまり、逸脱行動はこれだ、と規定するのは非常に危険な考えということになるわけです。

社会学では逸脱行動は人格異常ではなく、社会制度が生んだものと見る説が多数です。もちろん個々の逸脱行動者を許すわけではありません。そうではなく、殺人が多いのなら、その理由を社会そのものにも目を向ける必要がある、ということです。

関西大学社会学部准教授である古川誠氏は「犯罪の社会的有効性」について述べています。1つは、犯罪は社会の多様性の指標を示すものである、もう1つは犯罪を通して社会規範を再認知させ、強化させるということです(『基礎社会学』世界思想社より)。

いずれにせよ、犯罪を異常なものとしてとらえず、社会との関係をしっかり考えることは重要なことなのかもしれません。

さてアメリカで発達したラベリング理論とは、逸脱行動を、他の人々の認知・評価によって説明しようとするものです。つまり、逸脱行動者になるというのは、誰かが彼に「この人は逸脱行動者ですよ」というラベルを貼るからなのだ、という理論です。

「予言の自己成就」

ラベリング理論
ラベリング理論の簡単な図式。
とはいえ、殺人のような犯罪を犯した者は、えん罪などではない限りその犯した罪によって「殺人者」というラベリングをされてしまうわけですから、仕方がないといえます。

しかし、そうではないラベリングによって、殺人者を社会が作ってしまうことも考えられるわけです。

つまり、ちょっと悪いことをした少年に「不良」というラベリングをしてしまう。最初はそれをはがそうとしても、うまくいかず、やがてあきらめて本当に不良少年になってしまうということです。

これが「予言の自己成就」、つまりラベリングの通りの人間ができてしまうという理論です。

そのようなラベリングによって逸脱行動者になってしまった者のなかからは、恐るべき殺人者がでてくるのではないか……と考えると、「犯罪は社会が作る」と言えなくもない面が浮かび上がってきます。

もっとも、社会規範を守らせることは大事なことですから、そもそもラベリングが行われるような逸脱行動じたいを許すべきではないという考えることもできます。

しかし社会規範を全ての人に完全に守らせるのは不可能なことです。社会が逸脱行動者に対し、それ以上の逸脱行動……つまり殺人といった犯罪……に走らせないようにすることも必要だと言うことですね。

もっともそれは監視、矯正、という手段でもできるわけですが、社会が不用意に「ラベリング」をしないよう、心がけることも必要だ、ということをこの理論から学ぶことができます。

この理論の代表的な学者としてはレマート、ベッカーらがいます。

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■関連サイト 「司法」とはいったい何だ?

※参考書籍・サイト
『[新版増補版]社会学小辞典』濱嶋朗・竹内郁郎・石川晃弘/編 2005 有斐閣
『基礎社会学 新訂第1版』片桐新自・永井良和・山本雄二/編 2006 世界思想社
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