2ページ目 【ユーゴスラビアの混乱と再編:チトーからミロシェビッチへ】
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【コソボ紛争とミロシェビッチ失脚、ユーゴスラビア解消】
コソボ紛争とミロシェビッチの失脚
各民族の多数派地域。もちろん少数派民族がわりあいに多い地域もある。地域の情勢はいまなお不安定で、これはあくまで標準的な統計に基づいたもの |
ヨーロッパやアメリカは、これがまたバルカンの大規模な内戦に発展することを防ぐため、また、ユーゴによるアルバニア系住民への迫害への非難という国際的世論の高まりから、和平をアルバニア系勢力・ユーゴ政府に働きかけますが、不調に終わり、99年、NATOによる「セルビア空爆」が展開されました。
これによりセルビアは大きな打撃を受け、ミロシェビッチは和平案を呑み、コソボは国連暫定統治のもと2001年には暫定自治政府が成立、事実上セルビアから切り離されました(最終的な地位は2006年3月現在未定)。
一方、ミロシェビッチは2000年、憲法改正と大統領選挙の前倒しを実行しますが、野党連合の候補コシュトゥニツァが台頭。結局コシュトゥニツァが勝利するものの、選挙管理当局が過半数に達せず決選投票と発表。
これについて、野党連合は当局側の票数のねつ造を主張、抗議。これに応える形でゼネストなど市民の抗議行動も活発化し、ミロシェビッチはなすすべなく退陣。その後、不正蓄財・職権濫用の容疑で逮捕され、翌01年に、国際戦犯の容疑で起訴状が出ていたハーグの国際法廷に引き渡されたのでした。
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ユーゴスラビアの「消滅」
2002年、セルビアとモンテネグロは緩やかな連合国家を作ることで合意、「ユーゴスラビア」の国名はここで名実ともに消滅し、「セルビア・モンテネグロ」が成立しました。現在、セルビアとモンテネグロの各共和国の上に、連合国家政府があり、現在の大統領はモンテネグロ出身のマロビッチ。コシュトゥニツァは現在セルビアの首相です。その下に共和国出身の2名ずつの閣僚からなる閣僚評議会が。
また、連合国家議会は一院制でセルビアから91名、モンテネグロから35名が選出されるようになっています。
……と、ここまでが「ユーゴスラビア」に関する2006年3月までの歴史です。しかし、コソボの最終地位(独立するか、しないか)や、モンテネグロの独立問題、セルビアの不安定な政情(カラジッチ・セルビア元首相の暗殺事件など)などもあり、まだまだ事態は流動的です。
そんななかのミロシェビッチの謎めいた死。その死因がどうであれ、それがセルビアにまた何かをもたらすのかどうか、気にはなるところです。
ユーゴスラビアとはなんだったのか
最後に、2つのことの評価を私なりにして、この記事を締めたいと思います。1つは、ユーゴスラビアという国家、についてです。
戦後のユーゴスラビアが「チトーのユーゴスラビア」だったことは否定しがたいでしょう。ユーゴスラビア連邦人民共和国という国は、チトーのカリスマによって建国され、維持されてきたのでした。
彼がいなくなり、ミロシェビッチが「セルビア・ナショナリズムのユーゴスラビア」に改編しようとした試みは、結局失敗に終わりました。ユーゴスラビアは、ソ連のような1つの、そして崩れはじめるともろい人工国家だったのでしょう。
ミロシェビッチは冷酷な独裁者か、セルビア同胞の保護者か?
一時広まった「セルビア=悪」の評価はなかなか消えない。しかし、セルビア人の中にも大きく傷付いている人たちがいることは事実だ |
チトーもミロシェビッチも独裁者という点では変わりないでしょう。ただ、チトーは共産主義的独裁者でした。ソ連の指導者がそうしてきたように、チトーは共和国のナショナリズムを抑えることで、ユーゴスラビアの結合を維持してきました。
しかし、ミロシェビッチは民族主義的独裁者でした。彼はナショナリズムを鼓舞することで政権を維持してきましたが、逆にいうとそれができなければ、彼は政権を失うことになる運命だったのです。
よって、NATOの空爆への屈服と、コソボの事実上の喪失により、セルビアの威信が大きく傷付いたときから、彼の転落は始まっていたのでしょう。
しかし、彼を英雄視する見方がセルビアでは根強く残っていることも付け加えておきたいと思います。
彼やセルビアは「悪」のように報道され続けましたが、現在セルビア国内にはボスニア・ヘルチェゴビナやコソボから逃れてきたセルビア系難民が約50万人いるとされています。ミロシェビッチは、彼らを守るために闘った、と考える人も少なくないのです。
何もセルビア人が一方的に諸民族を抑圧したのが「ユーゴ内戦」ではないという人は多くいます。クロアチア勢力もムスリム勢力もアルバニア勢力も戦争犯罪を犯しています。多くの難民はその結果ではないか、ということです。
今回は旧ユーゴ戦犯法廷のことまで書くことができませんでした。後の機会に譲ろうと思います。
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