1ページ目 【「人民の人民による……」なぜ「国民」「市民」ではない?】
2ページ目 【「市民」という言葉の歴史を振りかえって考える】
3ページ目 【国民も民族も「Nation」……そのわけは?民族と「エスニック」の違いは?】

【国民も民族も「Nation」……そのわけは?民族と「エスニック」の違いは?】

「くに」はあって「国民」がない時代の存在

国民がいないときから「くに」はありました。そこには「王」などがいて、その地域の領民を支配していたわけです。

「くに」は、国家と似ているようでちょっと違います。たとえば昔、日本にはたくさんの「くに」がありました。そして「大名」とよばれる王がいて、さらにそれらを束ねる「将軍」という大王がいたわけです。ほんの150年ほど前までの話です。

支配者がたびたびかわる「くに」も珍しくありませんでした。時には中国であったり、ときには自分たちと同じヴェトナム人であったり、時にはフランス人であったり……それがヴェトナムでした。

このような状況のもとでは、「国民」という概念は生まれにくかったのです。日本人でも、「上州人」「信州人」といっていたわけで、あえて「日本」を強調する人は、「日本の主」とされた「天皇の民」であることを強調したかっただけであって、「日本の民」と考えてそう言ったわけではなかったのですね。

今でも、イタリアの人に「あなたはナニ人ですか?」と聴くと、「ミラノ人」「ナポリ人」などという答えが普通に返ってきます。イタリアでは「国民国家」の統一とその考えの普及が遅れたからです。

強大な権力で人民を「国民」として支配した権力、それを打倒した市民

近代になると、発達した商業と結びつく形で絶対王権を持つ君主が現れ、その国と、「国家の人民」として民衆を規定し、一元的に支配し始めます。

つまり、「国民が君主に奉仕し、君主は強大な権力(それをホッブズは怪獣リヴァイアサンに例えるのですが)で国民を支配する」国民国家の誕生です。

やがて、力をつけた市民たちが、市民社会を抑圧する君主権力を打倒する……これは、さきほどお話しました。

このとき、イギリス(正確には※イングランド)、フランス、アメリカの市民社会は、それぞれ国に対応する形で存在していたので、「市民と国民の区別」という意識が頭をもたげることは、あまりなかったわけです。

(※イギリスは北アイルランド、スコットランド、ウェールズが巧妙にイングランドに「同化」した国です(拙稿「イングランドって、どこ?」もご参照ください)。しかし、それが不完全だったことは、20世紀になって各地で再び民族運動が盛り上がり、ブレア政権が各地の自治政府を組織したことで明白になりましたが。)

「民族主義」が、市民を「国民」に変えた

しかし、非常に逆説的ですが、このような形や、あるいはロシアのように専制支配の強化で先進国民国家となった国々が、他の領域の人民を支配することで、その人民たちに「われわれは○○の国民である」という概念を植えつけることになったのです。

そのきっかけを作ったのがフランス革命であり、ナポレオンであるといわれます。フランス革命は他の王朝の反発を招き革命戦争が勃発、それを最終的に打ち破ったのがナポレオンだったわけです。ここで、フランスの市民たちがまず「フランス国民」としての意識をもち始めます。

そしてナポレオンは一時、ヨーロッパを席巻し支配します。しかし、彼が広めたフランス革命の思想、つまり「市民の権利」と「国民の概念」が伝わることによって、結果的に、「ポーランド市民社会による国民国家」「ドイツ市民社会による国民国家」へと向かう原動力となり、ナポレオンは駆逐され、やがて中・東ヨーロッパの「民族革命」へとつながっていくわけです。

国民も民族も英語ではともに「nation」ですね。チェコ人として、あるいはルーマニア人として、などなど、独自の市民社会、ひいては民族による国民国家をわれわれもつくりたい。こうして、国民は(アメリカなどの例外を除けば)「民族共同体の構成員」として、考えられるようになったのでした。

そして、20世紀になって、それは先進列強国による支配や干渉を受けるインドや中国、朝鮮半島など世界中に飛び火し、さまざまな「民族国家=National State」が誕生することになるのです。

エスニックとナショナル、何が違うの?

しかし、民族主義の意識の高揚は、国家の大多数を占める民族とは違う、いわゆる少数民族にも飛び火していきます。

単一民族国家というのは世界にわずかしかないでしょう。日本でさえ、ごく少数ですがアイヌ民族という、日本民族とは異なる民族の人が「日本国民」になっているわけです。

そして、このような少数民族の人たちが、自分たちの文化の独自性などを主張するようになりました。そんな彼らのことを、「Nation」とは区別し、「Ethnic=エスニック」と呼ぶようになっています。

その主張は、往々にして、主民族による迫害、自分たちを同じ「Nation」とは考えてくれないことから発生することが多く、1990年代以降多発している地域紛争の火種になっていたりするのです。

エスニックとネイションの対立と融和は、21世紀の大きな政治課題の1つになるのだと、思われます。

エスニックの主張は、反グローバリズムとも、グローバリズムとも結びつくことがあります。特に後者ですが、国内では少数派のエスニックが、世界に広がっている「市民社会」と同化することによって経済的利益を享受しつつ、自分たちの文化を保持していこうという考え方があり、スコットランドのエスニック運動においてはこのような考え方が支配的です。

国家から独立する市民の視点、国家の構成員として国民の視点

再び、ヘーゲルの言葉を借りながらまとめておきましょう。

ヘーゲルは、「欲望の体系」である市民社会本位の共同体から、それらの矛盾を解消する国家という共同体、つまり「国家の人民」として団結し、あるいは協力し合う国家を「最高の共同」と考えました。

しかし、ヘーゲルの考えとは裏腹に、国家はしばしば民族主義に陥り、時には他民族を侵略したり、時には少数民族を迫害したりするようになりました。

一方、市民社会は確かに経済至上主義で人々を苦しめることもある一方、グローバル市民社会の形成によって世界の「市民」たちが手をたずさえ、平和を少しずつですが確かなものにしつつあるようにも見えます。

もちろん、グローバル社会の進展は、日本人もその一員である「先進市民」たちが、市民社会の基盤の弱い途上国をの人々を経済支配してしまい、貧困の固定化を招いている弊害がみられることも忘れてはなりませんが。

あなたの選択……われわれには「国籍離脱の自由」がある

さて、あなたは、国家とは独立した市民として生きていきたいのでしょうか。それとも、日本国民として最後まで日本という国家とともに生きたいと思うのでしょうか。

私は、日本の人々や文化が好きなので、後者のほうでいたいと思います。ただ、それを日本という国家が許してくれるかどうか……そのためにも、日本という国家を冷静に見つめる「市民」としての目を持ちながら、しっかり政治を見つめて生きたいと思っています。

最後に、日本国憲法の規定を引用しておきましょう。

日本国憲法 第22条2項
何人も、外国に移住し、又は国籍を離脱する自由を侵されない。


「国民・市民・人民の違い、わかりますか?」についての参考書籍・資料はこちらをごらんください。

▼こちらもご参照下さい。
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◎新たな課題……ネイションとエスニックの対立