1ページ目 【「人民の人民による……」なぜ「国民」「市民」ではない?】
2ページ目 【「市民」という言葉の歴史を振りかえって考える】
3ページ目 【国民も民族も「Nation」……そのわけは?民族と「エスニック」の違いは?】

【「市民」という言葉の歴史を振りかえって考える】

われわれはまず第一に「人民」なのです

まず、われわれは「ひと」として生まれます。「ひと」の集まり、つまり「人民」(または「民衆」)=people のひとりとして生まれるのですね。

そう、わかりきったこと、と思われるかもしれませんが、われわれは「国民」「市民」である前に、「人民」であるわけです。

すべての人間は、人民の一人、なわけですね。

そう考えると、リンカーンがゲティスバークで「人民の……」と発言した意味がわかります。彼は、民主政治の普遍性を訴えたかったのですね。

いつ、どういう人が対象がであろうと、すべての人たちのための政治、政府が民主政治なのだ、と彼はいいたかったのでしょう。

ロックもまた「国民の権利」の前に「人民の権利」を主張

同じように、17世紀イギリスの代表的思想家ロックも、「「人民の権利」として、抵抗権がある」ことを主張しています。

そして、ロックの思想に大きく影響を受けたといわれる「アメリカ独立宣言」も、冒頭でこのようにうたっています。

「全て人は平等に作られている。人は創造主によって譲ることのできない権利を与えられている。それらの中には、生命、自由、幸福追求の権利が含まれている。これらの権利を保護するため、政府が作られ、その権力は被統治者の同意に基づかなければならないこと。これらの目的を破壊するものとなった時には、それを廃して新たな権利を形成し、その基礎を人民の安全と幸福をもたらすのに最もふさわしいと思われる方法に置き、その権力を形成することは人民の権利である(訳引用元:『アメリカの法律と歴史』尾崎哲夫著、自由国民社から、下線部筆者による)

「市民社会」と「国家」はイコールではない

さて、では「市民」とはどういう意味の言葉なのでしょう。おもに2つの言葉があると考えられます。

(1)参政権など、いわゆる「公民」としての権利を持っている人民
(2)国家に保護されながらも自立(または自律)している「市民社会」の構成主体である人民

(1)は、古代ギリシアの民主政治などからあった古典的な「市民」観です。近代になって新たに付け加えられたのが(2)としての市民の意味と考えられます。

「「市民社会=国家」ではない!?」と思う方もいらっしゃるでしょうが、たとえば21世紀のグローバル社会において、市民社会はもはや「国境を越えている」わけです。

つまり、市民たちの経済活動が国境を越えることはもはや日常であり、NGOなどによって多国籍の人たちが同一行動をとることも、もはや当たり前になっています。

われわれが官民一体となって取り組んでいる「地球温暖化防止のためのCO2削減」も、われわれが「国境を越えた市民社会の一員」と思えるからこそ、できる行動なのだろうと思います。

「市民社会の構成員」としての市民が起こした市民革命

というわけで、第2問の正解です。つまり、絶対主義と商業の発展が進むなかで、単に支配されるだけだった人民たちが、商業の発達などにより力をつけ、自立的な「市民社会」を形成するようになります。

彼らは、「国王に支配される市民社会」という国家の構図を、「市民社会に奉仕する国王(政府)」という風に変えようとしたわけです。つまり、名誉革命やフランス革命などは、そのような政府樹立に向けて、市民社会の構成員たち、つまり市民が起こした革命だった……だから、「市民革命」なのです。

ということで、ツジが「日本国民」と名乗る前に「市民」と名乗る理由がお分かりでしょうか。国家よりも市民社会こそが普遍的であり、その市民社会の構成員として社会に参加する、そういう人間であるとして、私は「市民」と名乗っているわけです。

「市民」から再び「人民」に権力を、それが「社会主義革命」

しかし、しばしば市民は批判的な意味でも使われています。

18世紀の思想家ヘーゲルは、市民社会は「欲望の体系」であると論じました。市民は自分たちのことだけを考え、その社会は統制がとれず真に共同することができない、ということです。

さらに、市民社会国家になった国でも、参政権などをもつ「市民」はブルジョアたちだけに限られていました。財産がなく、労働力を提供するしかない「プロレタリアート」たちは、国民でありながら、「社会を構成する力がない」ため、市民社会から「疎外」されていたのです。

そして近代資本主義が国家を覆い、ブルジョワとプロレタリアートの貧富格差がどんどん広がっていく……そんななか、社会主義思想の確立者マルクスは、プロレタリアートを含む全ての人々=全人民によって国家は構成されなければならない、と考えたわけです。

この影響のもと行われた20世紀のロシア革命など、一連の社会主義国家革命は、市民革命とは区別し、むしろ市民=ブルジョワ革命のアンチテーゼ「プロレタリアート革命」というべきでしょう。

「中華人民共和国」「朝鮮民主主義人民共和国」などのように、社会主義国家の多くに「人民」という言葉が入っているのは、「われわれはプロレタリアートも含めた全人民を代表する国家である」という意味あいが込められているからなのです。

こうして20世紀、先進諸国の「全ての人民」が「市民」になった

一方、プロレタリアート革命に危惧をいだくようになった先進市民社会国家も、しかし、一方で市民と人民の「二重構造」に大きな問題があることを築くようになります。

こうして、財産のある狭い意味での市民が独占してきた「公民権」を、20世紀には全人民に開放することで、先進市民社会国家は「二重構造」を解消し、近代資本主義が生む社会問題を解決しようとしました。

つまり、プロレタリアート革命が「市民社会を解消して人民国家をつくろう」としたのに対し、20世紀初頭の先進国は「市民社会を拡大して全人民に及ぼそう」としたわけです。

このようなかたちで人民=国民=市民となった先進各国が20世紀の経済をリードしていくなか、社会主義国家が「人民を指導する」という名目で作られた共産党などの「指導政党」が人民を無視した独裁に走り、経済が停滞して多くが崩壊してしまったのはなんとも皮肉なことのように見えます。

次ページでは、「国民」の概念について、お話していきましょう。

◎国家と市民社会は別々のもの……現在の市民社会は国境すら越えている