女性天皇論議や、皇太子殿下のご発言をめぐる報道など、最近何かと注目される「天皇制」。そこで、そもそも「天皇」とはいったいなんなのか、歴史をひも解きながら、月1回ペースで3回にわたって考えていきます。まずは、なぜ、天皇を名乗ったのか、です。
1ページ目 【天皇は皇帝である、としたら皇帝という名前の持つ意味って何だろう?】
2ページ目 【列島の外にまで勢力を及ぼした大和政権が直ちに天皇を名乗らなかったのは?】
3ページ目 【日本で始めて「スーパー・パワー」を打ち立て、「皇帝」になったのは誰か】
【天皇は皇帝である、としたら皇帝という名前の持つ意味って何だろう?】
「天皇」の意味とは?
「天皇」がどういう由来でできた言葉なのか、ハッキリとした根拠になる文献はなかなかありません。よくいわれるのは、道教(道家思想が発展して普及したもの)でいうところの最高神の1つ、「天皇大帝」から来ているのではないか、というものです。しかし、異論も数々あり、中国から見て、「天に近いところ(日が昇る方向の東)」にいる「皇(すめら)」である、という意味で「天皇」である、という主張もあります。
しかし、いずれにせよ、天皇という称号は、「皇帝」の意味で使われる言葉だ、ということです。これは、戦前の日本の国号が「大日本帝国」であったことから明らかです。
皇帝とは何か?
皇帝とは、王の上に立つ存在であり、あるいは、ある文明地域全体を支配する絶対者のことです。秦の国王であった政は、紀元前3世紀に中国を初めて統一、そこで王の称号をやめ、中国の伝説上の支配者である3人の「皇」と5人の「帝」の名を取り、「皇帝」と名乗ったといわれています。つまり、彼が「始皇帝」なのですね。
一方、紀元前1世紀の末、地中海世界を制圧したオクタヴィアヌスは、ローマの元老院から「アウグストゥス(尊厳者)」の称号を授与され、「プリンケプス(第1の市民)」としてローマの国政を掌握します。これが、ローマ皇帝の始まりです。
ヨーロッパでは、ローマ帝国の滅亡後も、教皇(ローマ法王)が西ローマ皇帝の後継者として認めたものに、皇帝の位が贈られました。それが、8~9世紀のカール大帝であり、10世紀に神聖ローマ帝国皇帝となったオットー1世であり(これが後のオーストリア皇帝の源流)、18世紀のナポレオンであったりしたわけです。
また、16世紀のモスクワ大公だったイワン四世は、自ら東ローマ帝国の後継と宣言、皇帝を意味する「ツァーリ」を名乗りました。また、19世紀後半、フランスに勝利しドイツの統一に成功したプロイセン王ヴィルヘルム1世は、ドイツ諸邦(ラント)の上に立つ絶対者として、皇帝を名乗ったのです。
また、イスラム世界の支配者スルタンも、イスラム文明の支配者であるという意味で、皇帝と呼んでいいでしょう。オスマン‐トルコのスルタンや、インドをほぼ統一したムガル帝国の首長も、皇帝と呼びます。
天皇は、現代の世界で唯一残る「皇帝」
ですから、天皇が皇帝である、というのは、天皇が日本文明の支配者であり、王の上に立つ、ということを意味しています。現在、「王」は皇族しか名乗れません。すなわち、天皇の直系の子孫が名乗る「親王」「内親王」(男性は親王、女性は内親王)であり、傍系の子孫が名乗る「王」「女王」です。天皇は、この上に立つ存在として、皇帝であると言えます。
ちなみに現在の世界では、皇帝を意味する称号を名乗るのは、天皇しかいません。もっとも、だからといって今は日本は「帝国」を名乗りません。天皇は国の象徴であり、国家主権をもつのは国民だから、ということでしょう。
現在は、「帝国」というのは、別の意味で使われることが多いです。つまり、それは世界の覇権国を指す言葉です。そういう意味では、アメリカ合衆国は、今の世界で唯一の「帝国」であるということができます。
日本列島の支配者が「皇帝」なのはなぜ?
さて、そうはいっても、なぜ、日本のように、確かに文化的にユニークな場所柄とはいえ(確かに、ハンティントンは『文明の衝突』のなかで日本を中華文明とは異なる独立文明だとしていますが)、なぜそんなに広くない国土で、皇帝を意味する「天皇」を名乗る必要があったのでしょうか。たとえば、「大英帝国」を築いたイギリスの支配者、ナポレオンらを除くフランスの支配者、海外に多数の植民地を持ったスペインの支配者などは、いずれも「王」であり、「皇帝」を名乗っていません。
(もっとも、ヴィクトリア女王はイギリスの「国王」ではあったものの、支配下においたインドにおいては「皇帝」を名乗ったりして、ややこしくなるのですが。)
ヨーロッパや世界の覇権を握った君主たちが、必ずしも皇帝を名乗っていないことを考えると、おそらく7世紀の終わりまでに、北海道を除く日本列島のほぼ全域を支配していたにすぎない天皇が、なぜ皇帝なのか、疑問が生まれます。
というわけで、次のページから、その謎を探るため、日本の古代史をひも解いていきたいと思います。