1ページ目 【天皇は皇帝である、としたら皇帝という名前の持つ意味って何だろう?】
2ページ目 【列島の外にまで勢力を及ぼした大和政権が直ちに天皇を名乗らなかったのは?】
3ページ目 【日本で始めて「スーパー・パワー」を打ち立て、「皇帝」になったのは誰か】

【日本で始めて「スーパー・パワー」を打ち立て、「皇帝」になったのは誰か】

大和政権と大王家を脅かす数々の要因が生まれた

天皇を名乗ったのはどの大王なのからか、説はさまざまあって定着していないのですが、ここはあくまで有力な説に基づいてお話していきます。

まず、日本と密接な関係にあった伽耶諸国が、新羅と百済によって6世紀後半までに支配下に置かれてしまいます。日本は改めて今度は百済と関係を深めますが、次第に新羅の勢力の方が強まっていきます。

ほどなくして中国は北朝のによって統一され、高句麗は隋の度重なる遠征により弱体化します(やがて唐によって滅ぼされる)。こうして、東アジアにスーパー・パワーが生まれ、大和政権は大きな岐路に立たされます。

しかし、大和政権内部では、それまで大王を支えてきた豪族たちが争い、その結果、蘇我馬子率いる蘇我氏の覇権が確立、蘇我馬子は時の大王祟峻の殺害を図り、実行させるなど、大きな権勢をふるい、大王家を脅かします。

王子厩戸(聖徳太子)の改革

これに対して、大王の力を強め、大王集権主義をうちたてて大和政権の力を周辺諸国のように強めようとしたのが、大王用明の子で、初の女性大王である大王推古の摂政となった王子厩戸、後に聖徳太子と呼ばれる人です。

彼は、冠位十二階の制や十七条の憲法制定などで大王の権威を高め、また、隋に遣随使を送り、大王が隋の皇帝と対等な地位にあることをアピールしようとします。

しかし、王子厩戸の改革は、志半ばで終わります。彼の政治的業績が前半生に集中しているところを見ると、蘇我馬子との対立に負けたか、仏教への信仰心の厚さから嫌気がさしたのか、とにかく後半生ではあまり政治的業績がないまま、彼は亡くなります。

もっとも、このころから、王子厩戸の意向が影響したのか、大王家周辺では、大王のことを、皇帝の意味をさす「すめらみこと」とよんでいたようです。

「大化の改新」と王子中大兄

さて、蘇我氏の権勢はさらに強まり、大王家は脅威を感じはじめます。そんななか、中国王朝は隋からにかわり、さらに発展していきます。

こうしたことを受けて、大王集権を実施するため、クーデターにより蘇我氏を滅ぼしたのが、唐から帰ってきた留学生などの情報などを熱心に聞いていたため、危機感を募らせていた、大王皇極の子、王子中大兄です。

中臣鎌足(藤原氏の祖)をパートナーとして、電撃石火のクーデターにより蘇我氏を滅ぼした王子中大兄は、後に「大化の改新」と呼ばれる大王集権的な改革を行っていきますが、急速な改革に対する反動も強く、彼は次第に反対勢力との争いに忙殺され、改革はなかなか進みません。

さらに、同盟国百済が新羅と唐によって滅ぼされると(半島の統一)、王子中大兄は唐・新羅連合軍に戦いを挑みます。しかし、これは大敗に終わり(白村江の戦い)、彼は国防の整備、そして近江(大津、琵琶湖のほとり)への遷都などでまた忙殺され、改革はうまく進みません。

その後、ようやく大王天智として即位した王子中大兄は、なんとか初の人民戸籍(庚午年籍)を作成するところまでこぎつけますが、結局、彼も志半ばで亡くなることになります。

列島に「スーパー・パワー」が出現=天皇の誕生

大王天智の死後、後継者をめぐって争いが起こります(壬申の乱)。これに勝利したのが、大王天智の実弟、王子大海人でした。

彼はいったん吉野(奈良県)に逃れた後、豪族勢力を一気に終結させ、電撃的に近江政権の後継者とされた王子大友を討ち、政権を奪取します。

そして大和(飛鳥)に都を戻した王子大海人は、大王天武として即位します。ここに、全国の豪族勢力を一気に束ねたスーパーパワーが、日本にも誕生したのでした。もう、大王が絶対的支配者=皇帝を名乗ることに、なんの障害もありませんでした。

実際、このころから、大王天武を「神」と表現する和歌なども見受けられるようになります。電撃的に政権を奪取した大王天武が、どれだけ尊敬と畏怖の対象であったかが見て取れます。

そして、彼の死後、即位した皇后鵜野=持統天皇は、大宝律令の前身となる「飛鳥浄御原令」を施行し、正式にすめらみこと=「天皇」を名乗ることになります。

こうして、大和政権は皇帝である「天皇」が治める「日本」国の朝廷となり、中国や朝鮮半島の統一勢力と対等な地位であることと、日本国の絶対的支配者であることを、国の内外に示すことができたのでした。

そしてそれは、持統天皇の孫にあたる文武天皇の時代に制定された日本国の基本法である「大宝律令」により、決定付けられることになります。

さて、次回は、この天皇家が、日本の「皇帝」として、どうして明治維新までその地位を保つことができたのかをお話したいと思います。

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