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「ハマス」ヤシン師殺害の衝撃(2ページ目)

イスラエルのパレスチナ解放組織「ハマス」の最高指導者ヤシン師がイスラエル軍によって殺害されました。ハマスの基礎知識とこれからのパレスチナ情勢について解説します。

執筆者:辻 雅之

1ページ目 【ヤシン師殺害で揺れる「ハマス」とは何か】
2ページ目 【ヤシン師殺害でハマスは弱体化するか】
3ページ目 【中東和平めざすアメリカはどうすべきか】

【ヤシン師殺害でハマスは弱体化するか】
ハマスの「テロ部門」には影響なし、むしろヤシン師の「殉教」に利用価値


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ヤシン師を殺害して、ハマスが弱体化し、テロが終息して行く・・・これが、イスラエルのシャロン首相の描いているシナリオのようです。しかし、これはあまりに楽観的すぎはしないでしょうか。

たしかに、ハマスの自爆テロという手法は強烈でした。なにせ自爆するテロリストは宗教的な動機から自爆に及んでいますから、なかなか手のつけようがありません。ジハード(聖戦)を戦い、天国に行けば、至福の状態が待っている・・・そう教えられるのですから。

これに手を焼いているイスラエルは、最初はPLO率いるパレスチナ自治政府にハマスのテロ根絶を要請します。最初は自治政府もハマスの活動家たちを逮捕したりしていたのですが、2000年の第2次インティファーダ以降、むしろハマスに同情的になって、ハマスを取り締まらなくなりました。

そこで思いきってヤシン師を殺害したわけですが、ヤシン師はよく「精神的指導者」といわれるように、ハマスの象徴的存在であり、具体的な政治的指導者ではありませんでした。政治部門とはいえ、あくまでイスラム教の立場にたった指導者。イスラム教の立場から、パレスチナの民衆に「ジハード(聖戦)」を呼びかけていたわけです。もちろん、影響力、権威は絶大でしたが。

テロを指揮する実際の「軍事部門」は別にあり(イッザル・ディーン・アル・カサム連隊。「アル・カサム」とは戦前のパレスチナ解放指導者でありイスラム原理主義者。)、ヤシン師が直接指揮していたわけではない。ハマスの最高評議会「シューラ」からも指揮は受けていません。だから、ヤシン師が殺害されても、テロ部隊は残る。

それどころか、ヤシン師を失ったハマスと、それを支持していた民衆がますます強硬化し、テロが増えるかもしれません。実際、軍事部門はヤシン師の「殉教」を、民衆をテロに動員するために最大限に利用することは間違いありません。

なにせ、ハマスの支持者は数万人規模と言われています。同情的なアラブの人びとからひそかに資金がたくさん送られているため、資金は潤沢にあると言われています。自爆テロは減るどころか、ますます増えてしまうかもしれません。数万人いると言われる支持者のうち、100人でも自爆テロ者が出れば、どれだけの犠牲がでるか。

ですから、シャロン首相によるヤシン師殺害作戦には、政府部内にも異論があったようです。ポラーズ内相は自分は明らかに反対したと発言しました。「得るものより失うものが大きい」と。イスラエルのマスコミも、多くは今回の作戦は短絡的だったと批判しています。

イスラエルは、ガザ地区やヨルダン川西岸で、ユダヤ人の入植を試みていましたが、ガザ地区での入植は抵抗が激しく断念し、撤退することになったのです(ヨルダン川西岸では、入植地を守るため悪名高い「分断壁」を作っていますね)。

イスラエルがガザから撤退すれば、ハマスのガザでの基盤はますます強固になる。もはやヨルダン川西岸が本拠地となったPLOはかろうじてイスラエルの存在を認めていますが、ハマスはイスラエルの存在すら否定して、イスラエルとの和平を拒否しています。そんな組織が強大化することに危惧をいだいたのでしょうか。

そんなわけで、国内外から批判されながらも、ヤシン師殺害を実行したシャロン首相。アメリカはたいへん困惑しています。イスラエル側に立ちながらも、いかに和平を実現するかに苦心してきたアメリカ。そのアメリカの思惑が、ヤシン師殺害で崩れてしまうかもしれないのです。

 
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