京町家のシステムキッチン「おくどさん」

現代の京都に生きる「竈」探訪

久しぶりに京都を訪れて、今も京都で生活する人々のコアともなっている町家の竈を探訪してきました。案内してくれたのは京都で作家活動を続ける木村夫妻。京都美大デザイン専攻科の同級生でもある木村君は、ダイナミックな作風で京都画壇に大きなセンセーショナルを巻き起こしている 自称「絵描き屋さん」です。
京都人は食べ物や事象に「お」や「さん」をつけて呼ぶことが多いのです。「お米」や「おせんべい」は関東でも同じように「お」をつけますが、「おいなりさん」や「おばんざい(お惣菜のこと)」、「おくどさん」、「お天道さん」、などは京都ならではの呼び方といえるでしょう。今回は京町家で再生されたり、今なお使い続けられている「おくどさん」にスポットを当てました。

京都の町家は職と住とが一体となった住宅建築で、表通りに面した3間たらずの間口からは想像できない程奥行きのある(平均11間すなわち約20メートル)住まいが多く、通りに面した店棚や職人たちの働く工房と中庭がありその奥が居室となり、「おくどさん」のある土間のキッチンを通り抜けると奥庭と蔵がある。基本配置は同じだが様々なバリエーションで構成されている職住融合の商家が京都の街をかたちづくっている。

最初の一軒は、典型的な京町家の再生住宅です。明治初期に建てられ一昔前まで和装小物の店を営んでいた「小西小弥太商店」を再生し、今は京おばんざいの店「百足屋(むかでや)」として人気の高い店です。

格子戸を引き開け店内に入ると,建物の左壁に沿って一間程の間口の打ち水のされた土間が奥の方まで続く。再生前は三和土の土間だったそうだが、今は平石が敷き詰められている。
一番手前には井戸が掘られ、その横に水屋、食器棚、三連の竈が続く。
今は京おばんざいを出す和食店となっているためこの竈はシンボルとして残されているだけで実際には使われていない。

目に入るのが台所の上部に広がる大きな吹き抜け空間。2階建ての天井まで伸びる空間は竈の排煙装置と、町家が隣接する家屋の明かり取りの役割を担っている。


最近の住宅建築でも多く取り入れられるようになった吹き抜け空間が、京町家では空調換気や防災上の役割まで持つダイナミックな空間として構成されている。


三連の竈。一番奥の大釜で湯を沸かし、次の羽釜で飯を炊く。一番手前の羽釜では煮物を作る。毎日変わらない食事を提供するのに最適な構成となっている。正月のお餅つきには一番奥の大釜にせいろをのせて蒸し上げ、少し奥まったところに餅つき臼を設置してつき上げる。


手前に見える一番大きな「おくどさん」は平面の大きさが丁度800mm角で120mmある敷台上からの高さは530mm。手前が一段盛り上がっているのは竈を大きく見せるためのデザインだそうだ。ここには釜径500φの大釜が乗っかる。二連の竈の巾寸法は1170mm、奥行きが630mm、高さは500mm。真中の羽釜は釜径が360mmφで羽釜径は470mmφあり、一番奥の羽釜は釜径が300mmφで羽釜径は400mmφある。


竈の上の棚には、七福神ならぬ7人の布袋さんがずらりと並ぶ。


商売繁盛の神様として、布袋さんは人気が高いそうだ。


玄関側に一番近いところには今は使われていない井戸がある。深夜寝静まった頃、石に聞き耳を立てると水の流れる音が聞えてくるそうだ。


阿多古祀符(あたごきふ)火迺要慎(ひのようじん)と書かれたお札が「おくどさん」の柱に貼付けられている。京都の西北にある愛宕山山頂の愛宕神社は火の神様で昔の京都の人は年に一度は愛宕神社に詣でて火伏の護符である「阿多古祀符火迺要慎」を頂いてきて台所に貼るのが習わしであったという。
大壁づくりの住宅が殆どとなってしまった現代日本のすまいのキッチンには、火の用心のお札を貼る場所すら無くなってしまった。




現在の百足屋は客商売のためこんなお守りも吹き抜けに飾られている。紙細工の鈴なりの人が千客万来の意味をあらわしているそうだ。


■京町家の再生や、京おばんざいの店「百足屋」を運営する「くろちく」のオフィシャルサイトもご覧ください。


 

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