“山を食べる家”
八王子からさらに奥まった西寺方町の住宅街の一角に五月女さんの家はありました。
以前、渡辺篤史さんの『建物探訪』(テレ朝系)で見て、どうしても見ておきたかった 1軒でした。それは住宅街の一番奥まった場所、文字通り山の際にあります。つまり 五月女さんの家は、山を削り取ってできた造成地のはじっこにあるわけですね。
まずそのアプローチが素晴らしい。道路面に向かって開いているとでも言いましょうか、 アメリカの住宅地に見るような、壁も塀もない小高い丘の上につくられています。 一歩一歩玄関に近づいていく間にも、すでにこの素敵な建築物に魅せられてしまっている自分に気づきます。芝生の中に立つネームプレートは、この住宅をプロデュースした山本卓男さん(ヒューマンクリエーション)の手づくりだとか。
エントランスは、この家の内なる外ともいうべき大きな空間。そのまま突き抜けて向 こう側に出られる形になっています。この右手には子ども2人の個室があるというわけで、母屋と離れを分ける役割を担う空間がこのエントランスなんですね。とはいえ、ここにはピアノなども置いてあって、しっかり室内としての機能も持っています。
左手の母屋に入るとまずらせん階段の階段室があり、そこを囲む形で開放的なバスルームと和室があります。和室は将来的には、親御さんが住まれることも考えに入れて居住性もしっかり確保されていました。そしてこの場所もまた、庭から山へと風が吹き抜けていく開放的な空間になっています。和室の障子を開けると見えるのはただ山、山……。山奥の旅館にいる気分。
らせん階段を上ると、2階はこれまた山に向かって広く開け放たれた大リビング。 屋根は片流れになっていて、山側の開口部が一番高くて広い。これが設計者の前田紀 貞さんが言う“山を食べる家”というわけですね。まわりの環境を意識して壁面にも木が使われていて、それがそのまま山に面したテラスへと続いています。
片流れの屋根に沿って付けられたハイサイドライトからも、八王子の山の稜線が連続して 見える。ここはこのロケーションを見つけたことで、この形になるのがまるで必然で あったかのように思えてきます。
五月女さんのご家族は、外で食事をするのが何より好きで、天気がよくても悪くてもほとんどテラスで食事をされるのだとか。山を見ながらの食事はさぞや楽しいことでしょう。この階には主寝室もありますが、むしろ大リビングの邪魔をしないよう、壁の向こう側に隠されているようにも見えました。