昭和庶民の小住宅の知恵とデザイン
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まだまだ戦後を引きずっていた当時は、建築資材の入手もままならず、公庫住宅には規模や工事費の制限があり、そのためこの家は「きわめて小さく粗末な造りになった」とパンフレットには書かれていました。
ここに住まわれていたのは小泉さんといわれるご一家、ご両親と娘4人の6人家族です。しかし娘さんたちは次々にお嫁に行き、ご両親もお亡くなりになって、ついにここは無人となりました。
そのときここをなんとか保存できないものかと思ったのが、長女で生活研究家でもある小泉和子さん。戦後の庶民の暮らしの息づかいが、家具一式とともにそのまま残っているこの家をひとつの「資料」として残すことに決められたそうです。今ここは、国の登録文化財となり(主屋部分のみ)、昭和という時代に郷愁を感じる中年以降の人びとやレトロな世界に惹かれる若い世代の人たちの研究&憩いの場として「機能」しています。
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久が原の閑静な住宅街の一画、私道を少し入ったところにその家は建っています。なつかしい木戸の門をくぐって入ると、外壁を板で覆った昔ながらの主屋が。玄関の格子状になった引き戸も、たしかに見覚えのあるデザイン。思えば、どの家もかつてはこんな木戸だったなあ。玄関脇には陶器の傘立て、小さな井戸や手動式ポンプ、洗い張り用の長い板などが立てかけてありました。
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家の配置は、まず2階建ての主屋があり、それにL字型に離れが付けられています。離れには縁側があり、主屋と離れで囲まれた空間が庭ということですね。庭も昔のそれらしく、紫蘇が栽培されていたり、煎じて飲むドクダミの葉っぱが軒先に吊されていたりして、昭和の暮らしがそのまま再現されています。きれいに整えられた日本庭園ではなく、ほんとに好みの木を植えたという感じの庭。こんな庭が家々にひとつずつ付いていたものでした。
玄関を入ると、右手にすぐ階段(かなり急!)。これを上がると2階には四畳半ほどの2つの小部屋が手前と奥に並んでいます。ともに畳の和室。手前の部屋には勉強机や小物を入れるタンスなどがあり、子ども部屋として使われていたことがわかります。奥の部屋は下宿人の部屋とのことですが、今は企画展示室になっています(ちなみにこの日は履き物がテーマの展示でした)。
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1階は玄関から入ってすぐが応接室。お客の応接や書斎として機能した、小泉家唯一の洋間です。建物は奥に行くほど広がっていく構成になっていて、次には台所と茶の間(ダイニングキッチン!)、続いてお座敷(リビング!)があり、いっとう奥まった場所には今は学芸員の控え室となっている小部屋も付いています。そしてこれは後から増築された部分になるのでしょうが、縁側を持つ離れが90度に折れ曲がる形で続いているということですね。
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当時としてはモダンだったろうと思われる洋間、台所の床下の醤油や味噌の貯蔵庫、あたたかみのある裸電球、障子やちゃぶ台、縁側のはじに寄せて置いてある足踏み式ミシン、縁側に吊されたよしず……そのどれもがノスタルジーを抜きにしても、絶対的に美しい。一つひとつ丁寧に手づくりで仕上げられ、狭い日本の家でどう快適に暮らすかを突き詰めたデザインであるように思います。
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庭に面して開放された仕切りのない畳の部屋、よしずを吊した長い縁側といった装置には、暑い夏をいかに涼しげ過ごすかという暮らしの知恵が息づいています。実際にこうしたエレメントを、今の住宅建築にどう生かすかについては私の範ちゅうではありませんが、これから家を建てようとするとき、一度こうした古い先人の知恵を思い出してみることは、その設計に大きな「気づき」を与えてくれるかもしれませんね。
■昭和のくらし博物館:
http://www.digitalium.co.jp/showa/
東京都大田区南久が原2-26-19
TEL&FAX 03-3750-1808
「昭和のくらし博物館」では、生活史の講座や家事の伝習講座、昔の生活用具を使った体験学習などを開いています。また友の会の会員を募集しており、会員には「夏祭り」や「七輪でさんまを焼く会」などへの招待があるそうです。